カテゴリ:シーカヤック



2015/08/13
8月3日:いよいよカヤックによる旅も最終日となりました。小串の漁師さんに教えてもらったとおり、沖へと漕ぎだし、北東に流れる潮に乗ります。前島までは順調でしたが、津和崎瀬戸の入り口辺りで、潮の方向が定まらず複雑な流れになっていました。野崎島は住む人なく、畑地の跡が段々に残され、その下にきれいな砂浜がありました。そこに上陸。村の学校跡が「自然学塾」という体験施設になっていてグランドにはきれいにテントが張られていました。管理人さんの好意でシャワーを使わさせてもらい、旧野首教会を訪ねました。赤い煉瓦造りの教会が青空と緑に映え、目と心に焼きつきました。      今回の海旅の終着地、宇久島には正午過ぎに着きました。 「宇久フィッシャリーナ」というヨットの停泊施設を使わせていただき、漁協に電話をしました。どんな様子か見にきてくれた女性職員の方が、カヤックと荷物を軽トラでフェリー乗り場まで運んでくださいました。最後は「レストランもりた」で送迎付きの夕食、これが旅のフィナーレとなりました。  「美しいものが見たい、いい人に出会いたい」これが私の旅の目的ですが、その二つとも満たされた今回の五島列島でした。

2015/08/13
8月2日:今日も北へ流れる上潮を利用します。未明に高井旅を漕ぎだし、朝凪の海を漕いでいると左手の港から次々にはえ縄漁船が出港してきました。東シナ海へと漁に出る船団のようです。重油代の高騰と漁獲量の減少で厳しい状況とのことですが、10数隻の船が1列で航行する様は勇壮で誇らしげです。頭ヶ島までの約20㎞は休憩なく漕ぎました。赤い橋の下の激潮に乗って北に回りこんだ入り江の奥に石造りの頭ヶ島天主堂があります。その下のキリシタン墓地はきれいに掃除されていて、青い海をバックに静かなたたずまい。世界遺産登録のために訪問者をカウントしている役場の人と話をしました。有川の寿司屋を紹介してもらったのですが、有川湾へ漕ぎ出すと、目前の津和崎半島が近く見えてそちらへと行ってしまいました。2時間漕いで着いた小串の港では子供会の行事が行われていて、私たちも飛魚(アゴ)にビール、流しソーメンをご馳走になり、尾根上に立つ「マルゲリータ」の温泉まで車で運んでいただきました。五島の人たちのこうした親切さは、いったいどこから来るのでしょうか。温泉から帰った夜は、いただいたおにぎりや鶏の唐揚で夕食。公園の角を借りて泊まりました。

2015/08/12
8月1日:朝の内、金剛崎までは逆潮です。沿岸の反流やエディを利して奮闘1時間、岬を回りこむと、さっきまで敵だった潮は大いなる味方となって北上を助けてくれます。前島のトンボロは潮が満ちていてその全貌を見せてはくれませんでした。舅ヶ島の岩畳に着けて休憩の後、若松島のキリシタン洞窟を目指しました。白崎にあるはずのそれはなかなか見つからず、あきらめかけたときに白い十字架とキリスト像が目に入りました。これがなければ、その背後にある洞窟など気づきもしないでしょう。このような場所で密やかに命がけのミサを続けてきた人たちの信仰のきびしさを思ったのでした。奈良尾の港で食糧を仕入れました。そこのスーパー「ナイスデイ」のおかみさんが、旧港にあるという寿司屋さんまで車で運んでくれました。今日は満席というのを無理をして寿司をにぎってくださった「ことぶき」の主人。五島で出会った3、4番目の親切、寿司とビールが各段に美味かったことは言うまでもありません。この日は高井旅のビーチテラスで夜を明かしました。 。

2015/08/12
7月31日:未明に荒川の港を漕ぎだし、潮に乗って北上します。高浜や頓徳の浜を右手はるかに見て玉之浦を出ると、嵯峨ノ島の南側からうねりが入ってきました。風も同方向、斜め背後から押してくれます。長崎鼻では潮、風、うねりの3者が競合して激浪の様相、もまれにもまれてここを漕ぎ抜きました。この先の柏崎には海図に激潮のマークがあるので、心配していたのですが潮は速いものの難なく回りこみました。ここまで、ずっとカヤックに海水が浸潤してきていて、何度もビルジポンプで汲み出してきました。高崎の港に上げてみると、やはり底に裂け傷がありました。修理キットで傷をふさぎ、乾くまで長い休憩をとりました。午後からは逆潮に逆らって糸串ノ鼻を回って、大潮で川のように流れる田ノ浦瀬戸を横切り田ノ浦の港に入りました。ここは泊まりにくかったので、教会のある脇浜で水を仕入れて、その先のゴロ石の浜に上げ蚊帳とタープで宿とします。色々困難はあったのですが、距離の稼げた一日となりました。

2015/08/09
7月30日:今日の満潮は8時40分頃で転流はその2時間後に始まります。それまでに潮に乗って大瀬崎を越える予定でしたが、出発に手間どったのと、思いのほか風が強く、笠山岬辺りは荒れ模様。大宝の浜についたのは9時で、大瀬崎を回りこむことはあきらめました。北側の玉之浦へはカヤックを分解してかつぎ、1キロほど道を歩けば出られるという目算があったからですが、偵察してみるとこれがなかなか大変でした。半ば途方に暮れていると、軽トラの漁師さんが通りかかったので荷物を運んでくれないかと頼んだところ、舟ごと運んでくれました。五島で最初に出会った親切でした。  玉之浦は内海で波おだやか。深い入り江の奥にある井持浦の教会を訪ねた後、風と潮に助けられて居眠りをしながら荒川まで行きました。ここの温泉に入った後、「さんさん」という食堂でノドグロの煮付けと赤むつの刺身を食べさせてもらいました。2度目のにいただいた好意とご馳走でした。

2015/08/08
7月29日:五島列島南端の島にある福江の地名は「福江では北西の風、風力5・・・・」と漁業気象で馴染みがあったのですが、来るのは初めてでした。五島列島最大の街で、お城があるんですね。フェリーから車で降りて、まずは腹ごしらえ。「進駒」という路地裏の寿司屋に入り600円のにぎり定食。安い美味い、ボリュームよしの3拍子と幸先のよいスタートとなりました。そのまま島内を反時計回りにドライ。堂崎教会や北西岸の偵察などして、出発地の富江のキャンプ場には夕刻に着きました。キャンプ場の使用料を払い、管理人に「カヤックで島を回るので4~5日車を置いていくが心配(不審車と思われて騒ぎになることもあるようなので)しないように」と頼んでおきました。今回の海旅のテーマは、「潮を利しての列島縦断と海から訪ねるキリシタン遺跡」です。日暮れまでにファルトを組み立て準備は整いました。さて、どうなりますことやら。

2015/08/07
7月28日:今年のテントレックの7番目に予定していた五島列島をシーカヤックで巡る旅へ行ってきました。九州地方も今日で梅雨明けとのこと。そのあとの好天をつかむのですが、満月の大潮だから潮読みをきっちりしなければひどい目に遭いかねません。なんだかんだと計画を練り、準備を済ませて夕刻に出発しました。長崎までおよそ800㎞、10時間はかかりそうです。今回の舟は迷った挙句、フジタのファルト(ノア)にしました。長崎から福江のフェリーはFRPの長いカヤックは手荷物ではなく貨物扱いになるそうで、ややこしかったのです。それに旅の途中で挫折して引きかえすにしても折りたたんでかつげば、どこからでも帰ってこられます。時々、仮眠しながら車を走らせ、8時5分の九州商船のフェリーに間にあいました。

2015/07/22
7月19日~21日:台風11号の後を追うようにして1日ずらしの出発になりました。メンバーはAさんと女房と私の3人。勝雄浜のキャンプ場で前日に合流して、そこから能登島を回る目論見でした。カヤックでの島1周は40㌔㍍ほどと言われています。一生懸命漕げば1日で十分回れる距離ですが、反時計回りに漕ぎ出して、途中、島の北の入り江に居ついたイルカを見たり、泳いだり、キス釣りをしたりしたので、ツインブリッジをくぐって西湾を南下する頃は午後も遅くになっていました。適当な場所でキャンプしようとしたものの、人工護岸ばかりでそれも面白くなく、逆風の中、能登大橋を回り、須曽の小さな港に上げました。Aさんには、しんどい思いをさせてかもしれませんが、どうつくろってみたってシーカヤックはこんなことの繰り返しなのです。そんな中でも、心の沸き立つような一瞬や海の不思議に出会えることがあったなら、それは得がたい収穫なのです。海の旅も、山のそれと似ているのように私には思えるのです。

2015/07/12
7月11~12日:大久野島にファミリーキャンプに行ってきました。広島県の三原と竹原の間に忠海という小さな町があり、その沖合に浮かぶ大久野島まではフェリーでわずか12分の距離。この島は戦争中に毒ガスを製造していて、当時の地図からは白く切り抜かれ、「消された島」などと呼ばれていました。毒ガス製造の遺構や砲台跡などが随所に残るものの、島のイメージは実に明るいのです。それは瀬戸内特有の晴れたイメージの海に点在する緑の島々という風景の美しさだけでなく、島の至る所にいる兎のせいです。エサ袋ガサガサという音を聞くと、いっせいに群がり寄ってきて歓迎してくれるのです。その仕草の愛らしいこと。 カヤックに自転車、そしてテントにハンモック、テーブル、椅子、炭にコンロと車に積めるだけの遊び道具と食べ物、飲物をもって、2日間のキャンプを家族とともに楽しみました。

2015/07/05
7月4日:前鬼川下降のプランが雨のために流れ、その代替案だった琵琶湖横断に行ってきました。近江八幡の水郷、西ノ湖から漕ぎだし、琵琶湖に出て沖島へ。そこから西岸の志賀青柳浜まで、総航程20㌔㍍ほどの計画でした。メンバーは9人、2人艇4に1人艇1で梅雨らしい曇天のもと風もなく凪た湖水を行きました。西ノ湖では葦に囲まれた水路で迷い、沖島のケンケン山は東側の登り口が見つけられずに時間切れ。私の事前準備のいいかげんさが祟ってしまいました。琵琶湖横断といってもたいした距離でもないので少し甘くみたのが失敗でした。予報に反して夕方から降りはじめた雨に濡れながら青柳浜に上陸。車回収とカヤックの整理に思いのほか時間がかかり、Nさんのリゾートマンションで温泉に入って人心地がついたのは午後9時前。Mさんが準備して下さった鳥鍋に酒が入るとおしゃべりも最高潮で、いつのまにか日も替わろうとしていました。

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