信越スキー旅行

飯縄山
飯縄山

1月8~13日:雪を求めて信越へ出かけてきました。山へ入るのをメインに計画していたのですが、あまりにも雪が少ないのです。9日に赤倉スキー場から前山へ登り、滝沢尾根を下りましたが、まったくの藪スキー。懲りて、翌日は杉ノ原スキー場で過ごし、11日には戸隠に回ってみました。飯縄山を戸隠スキー場から登って中社へ下る尾根をコースにとったのですが、これも藪。下山に時間がかかり、おまけに板は傷だらけになってしまいました。またまた懲りて、高妻山と佐渡山へというプランは放棄して帰路につきました。帰りの駄賃というか腹いせというか、未練たらしく開田高原のマイアスキー場で憂さ晴らし。雪よ降れ!!

 良かったのは連日の温泉と下呂までの長い雪道ドライブ。そして冬の車中泊にすっかり慣れたというのが今回の成果でしょうか。

(詳しくはYAMAPでhttps://yamap.co.jp/mypage

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今年から

明けましておめでとうございます。

昨年末から山へ行った記録をYAMAPというサイトに載せています。

これが、すこぶる便利で地図(軌跡)、写真、コメントまで掲載でき、しかも無料という優れもの。

内容もかぶるので、今年からはそちらで見てもらえたらと思います。

新年最初の山歩きは鎌倉山です。https://yamap.co.jp/activity/227655

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姫路14丘ポタリング

姫山(姫路城)
姫山(姫路城)

12月22日

 播磨風土記に記された姫路の14の丘を巡る試みを以前にしましたが、伝説の山と実際の山の比定を誤って失敗。今回は事前にちょっと勉強して、14の内、場所の分からない沈石丘、鹿丘、犬丘を除いた11の丘を自転車で回り、登ってきました。

 丘そのものが大したことがないので、「讃岐7富士巡りのうどんポタ」ほどの感興は覚えなかったのですが、このやり方はいいですよ。駐車の心配なく登り口まで行けるし、寄り道、道草し放題で、けっこう楽に距離がかせげ、目標完遂。姫路再発見の一日となりました。

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鎌倉山(452.7m)

鎌倉山の頂で
鎌倉山の頂で

12月20日:

 鎌倉山の「Lコース」を歩いてきました。7日には「Sコース」という短い道のりでしたが、今回はロングコース。行者道の名があり、諸所、山巓には石仏が祀られて、覗きと称する行場もあります。河内の公民館に車を置かせてもらい、東の尾根から西の尾根まで馬蹄形に一周しました。東のほうがゆるやかで、知らず知らずのうちに高度が上がっていきます。西のほうは急坂が2ヵ所あり、滑る落ち葉に足をとられました。

 人気の山と聞いていたので、日曜日のこんな晴れた日、人に会うかと思っていたのですが、頂上以外では誰一人出会いませんでした。それだけに静かな山歩き、最後に立ち寄った「河内城址」のたたずまいが気に入り、コーヒーを飲みながらベンチで過ごす時間が余韻となりました。

 

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京見山(216m)

鉄塔下から小豆島を望む
鉄塔下から小豆島を望む

12月19日

 久しぶりの一人歩きになりました。こんなときは、気ままに歩けるので、今、踏査中の京見山のまだトレースしていないコースを縦横に行くことにしました。里山の入り口は墓地の中だったり、裏の竹やぶだったり、民家の間の路地、田のあぜ道だったりするので、見つけるのが大変です。また、枝道に関電の巡視路が交錯し、整備されたハイキング道を行くより難しいかもしれません。

 駐車場はないのでイオンの大津店で昼食を仕入れ、そこに車を置かさせてもらって、MTBでアプローチしました。おかげで、昼前の出発にもかかわらず、ずいぶんたくさん歩くことができました。詳しいコースはYAMAP(https://yamap.co.jp/mypage)で。

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奥雄岳(842.2m)

12月17日:雲水さんのお誘いで奥雄岳という聞いたこともない山へ行ってきました。二人のUさんと女房の総勢5名。多可町の「427かみ」という道の駅の前にある青玉神社裏から入り、山仕事の人以外は歩かないだろうと思うような尾根道をたどって、頂上へ出ました。藪あり、岩ありの面白いコースでした。あとは三国峠へとよく踏まれた尾根道を行くだけでしたが、槍穂連峰の山やコースに名を借りた設定に違和感を覚え、やはり地元で伝えられているはずの山名を発掘して欲しいものだと思ったのです。8日には八丈岩山へ、16日には雌岡山、雄岡山を歩いているのですが、最近YAMAP(https://yamap.co.jp/mypage)という地図サイトを見つけ、そこにアップするようになりました。これが、いたって使い便利がいいのです。一度のぞいてみてください。

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薪割りの日

12月10日

 午後から雨の予報でした。降り出すまでにできるだけ薪を作っておこうと朝から薪割り作業です。途中から女房も参戦して、チェーンソーで70cmの丸太を半分に切ってくれます。35cmが我が家の薪ストーブにちょうどよいサイズなのです。それを斧でさらに半分、4分の1に割っていきます。

 パワーとコツが必要ですが、パワーはもう自信がありません。斧のヘッドの重さを生かして腰を入れて振り下ろすと、小気味よくパカーンと割れてくれます。でも、節があったり、枝分かれした個所はそう上手くいかず、斧がはじき返されるので、気は抜けません。

 息をきらせて一休み、ビールを飲んで二休み。昼時を過ぎたころからポツリときたのでコーヒーを飲んで終わりました。チェーンソーの刃もキレが悪くなってきたよで潮時でした。それよりも私の腕は限界近く、足腰もヨレ模様。怪我のない間に止めてくれて、雨よありがとう、っていう気分でした。

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木こりの日

受け口を切る
受け口を切る

12月9日

 今日はM君の手配で山に木を伐りに行きました。助っ人にSさんMさん、それに飯炊き婆さん役の女房の総勢5人。全員2年から3年の経験者。Ⅿ君の指導の下で作業手順も役割分担も言わずともできるまでになっているので、手際はずいぶんと良くなっています。

 作業の半ばに芋煮会。「これならチームを組んで仕事ができるで!」などと怪気炎の上がること上がること。切り倒した木はクヌギ、カシなど3本、70センチの長さに切りそろえて軽トラに2杯、我が家に運んでいただきました。一夏越して来シーズンの薪ストーブの燃料になります。小春日和のいい一日、ありがとうございました。

 明日は雨の降りだすまで、ビールでも飲みながら薪割りに励むつもりです。これでまたしばらく楽しめそうです。

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鎌倉山(452.7m)

西の覗きを振り返る
西の覗きを振り返る

12月7日:雲水さんに紹介してもらった加西の北端の山、鎌倉山を歩いてきました。麓の普光寺に車を置いて裏の杉林へと入ります。ここは多分造林の作業道だったのでしょう、登るのには不必要なくらい山腹にジグザグを切っており、それがまた関電の鉄塔巡視路にもなっているようです。尾根に出て西にとり、気持ちの良い落ち葉の道をたどります。近道と書かれた山腹の道を行ったので大天井、小天井はパスして、東の覗きで景色を楽しみながら昼食。柳峠から鎌倉山へと登ると頂上に双眼鏡があり、それで遠くの街をながめました。目を離すと、青空をバックに木の葉が風に舞っていました。レンズの向こうとは違う季節の色がここにはあるのです。

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ダイアモンドトレール

岩湧山の萱の原
岩湧山の萱の原

11月29日~30日:大阪と奈良・和歌山の県境の山々、葛城山系と言ったらいいのでしょうか。ここの二上山から槙尾山までを結ぶダイアモンドトレール45㎞を女房とTさんと3人で歩きました。途中に葛城山、金剛山、岩湧山といった有名な山を配して訪れる人も多いようです。イメージとしては六甲山系のようなもので都会の裏山といった風情で、道も公園風に整備されていて、階段の多いのに驚きました。登山口まではⅯさんが送ってくださり、下山口にはNさんがビールに巻きずしを持って迎えに来てくれました。完歩したことより、このことのほうが余程嬉しく思えたのです。

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棚原山(402.5m)~置塩城跡(城山:349m)

11月27日:

 5日に恒屋から棚原山に登った時、気になっていた八葉寺から置塩城跡への尾根歩きへ行ってきました。藪山雲水さんと下山口になる櫃蔵神社前の駐車場で落ちあい、回送用の車をデポ。乗り合わせて八葉寺へ。相坂トンネルを抜けて道は狭いものの寺のどんつきの駐車場は十分な広さでした。八葉寺は立派な本堂を擁し、その裏から兵庫自然歩道が通じています。中国縦貫道の施工当時に造られたらしく、歩く人も少ないのか倒木や枯れ木が足にまとわりつくような荒れようです。でも、杉の人工林で日照が少ないため、下草はなく歩きやすい道でした。


 棚原山から南東の尾根道は、杉林から一転して雑木の尾根道、軽いアップダウンを繰り返しなが進みます。二等三角点のある439.8mのピークは南条山城跡で東西の尾根に堀切が残っていました。西北西に伸びる尾根の平坦さが尽きる場所から西南西に方向を転じる所がこのコースの鬼門でしょう。標高差100m程の滑りやすい急斜面を下ってうまくコルに出られれば正解です。最後は70mの標高差を登り返して擁壁のような壁を登り切ると置塩城本丸跡に飛び出します。

 昼食のあと、二の丸、台所跡等見て回り、茶室跡から南西につけられたジグザグの道を下りました。地図読みができなければ、迷いそうな所が何か所かありましたが、それだけに快い緊張感をもって楽しめるコースと言えるでしょう。

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山スタンプ

11月25日:山から下りたとき、家族に無事下山を伝えるのは我が家の約束になっておりまして、以前は電話かメールで連絡していたのですが、相手が出なかったり文字を打つのが面倒だったりで、ついつい遅くなりがちでした。

 携帯をスマホに替えたときラインとかいうものがあるのを知り、そこのスタンプを使えばいとも簡単ではないかと気づいたのです。

 そこでイラストレーターをしている娘に「無事下山」と「今から帰る」などの絵を描いてくれと頼んだのです。でも、スタンプには40の絵柄がいるとのことで、あれやこれやのシチュエーションを考えて「山スタンプ」なるものを作ってもらいました。

 それがこれです。前に出した「はなたれサラリーマン」とは画風が全く違うので、作成者が同一人かが疑われ認証されなかったようですが、今日やっと娘からプレゼントとして届きました。

 「山スタ1」で買えるようです。「1」とあるのは、

どんぐりキャラでなく人間で「山スタ2」を描いてみるつもりなんでしょう。次に絵にしたいと思うようないいフレーズがあったらみなさん教えてください。

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白毛山(215m)

東展望台(背後は白毛山)
東展望台(背後は白毛山)

11月24日:白毛山は京見山の峰続きにある山ですが、地形図にこの名は載っていません。この小さな里山にある道をしらみつぶしに歩くつもりの私は、女房を連れて出かけてきました。よく踏まれた道と開けた播磨灘の展望を彼女も気に入ったらしく、「またぁ⤴」とは言いませんでした。「則直」からの登山口が分からず、大山咋神社の脇から、沢伝いに踏み跡程度の道をたどって尾根に出、泣坂峠から東展望台へと登り、そこで昼食にしました。後方に見える白毛山の頂にはNTTのアンテナが建ち、車道が通じています。頂上によくある施設ですが、これで山頂の品格は著しく損なわれてしまうのです。峰の最高点は建物のただの土台と化してしまいその誇りも威厳もうばわれた姿を見るのは寂しいものです。この頂よりも低いものの、その先歩いたトンガリ山のほうが、私には凛として見え好ましく思われたのでした。

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京見山彷徨

丁山2号墳
丁山2号墳

11月21日:今日も京見山。毎日登山の人を笑えません。私もひとつ山に行きだしたら止まらないところがあって、ちょっと枝道など見つけると、「こいつぁ何処まで行ってんだい?」という気分になり、ついつい山腹を彷徨い歩いてしまうのです。関電の巡視路をしっかりと歩かされた後、下山途中に見つけた脇道に入ってみると行き止まり。そこに丸太を並べただけのベンチがあったので、誘われるままに座り込み、眼下の町並みと播磨灘を眺めるのです。ちょっとしゃれたプライベート展望台。もう一つの発見は、この山に散在する古墳でした。中でも丁山2号墳は石棺がそのまま残されていて珍しく、それがまた小さいのです。その説明も書かれていましたので、興味のある人は訪ねてみてください。次は何に出会えるか、初めての道にはいつもわくわくさせられるのです。


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京見山(216m)

ベンチのある展望台
ベンチのある展望台

11月20日:晴れると家にじっとしていられません。ましてこんないい気候のいい日には。とはいうものの、あれやこれやと用事を済ませていると10時を回ってしまいました。こんな時間から出かけるには近郊の山しかありません。というわけで再び京見山。京見会館から山頂を経て泣坂峠、そして才へ下るというコースをとりました。大津イオンで買ってきたうどんを作って、山頂で昼食をとりながら話をした人は、どうやら地元の方らしくスチール製のボックスにノートのような物を入れていたので、後で開けて見てみました。平成27年のカレンダーがあって、個々の日に鉛筆で〇が打たれていました。半年で148日、ひと月平均24~5日、毎日登山のようです。私には到底できそうもありませんが、この丘陵を一通り歩きつくすまでは、ここに通うことになりそうなので、どっちもどっちかなぁ。

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映画「エベレスト」

パンフレット
パンフレット

11月18日:雨の日は映画ですね。テラッソ姫路にある好日山荘に行く用事があったので、ついでに4階のアースシネマズで上映中の「エベレスト」を見てきました。邦画の山岳映画のような作り物臭さのしない迫真の映像が素晴らしかったです。セラック帯、サウスコル、ヒラリーステップ等々、一体どうやって撮ったのだろうか思う景観がふんだんに。氷塊が落ちてくるシーンでは、過去の記憶がよみがえって思わず伏せてしまい、3D効果にしてやられました。ストーリーは「デス・ゾーン」や「死者として残されて」などを読んで知っていましたが、あらためて映像で見せられると、その過酷さに息をのむばかりです。見終わって思ったのは、エベレストは登るべき人が登る山で、金とコマーシャリズムがからむと質の違う危険をはらむということでした。実話に基づく映画、お勧めします。

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「山・岩・沢・雪(山蹊記2)」出版記念飲み会

カヌーワールド11号のコラムと「山・岩・沢・雪」
カヌーワールド11号のコラムと「山・岩・沢・雪」

11月14日:出版記念飲み会には68人の方々が来てくださいました。「公私ご多忙のところ、遠方より、お足元のお悪いなか」という決まり文句では済まされないないほどの感謝です。また、昼過ぎから会場づくり、料理などの手伝いをしてくださったみなさん、主婦のパワーをまざまざと見せてもらいました。たくさんの上等の酒もいただきました。あれほど飲んだのにまだ余るほどで、中締めをした後からは山の歌も切れ間なく出て、さすがに日が変わるまでには止めなくてはと思ったくらいでした。30年来の古い山仲間と亡くなった友人を偲ぶ機会にもなり、まるで山の同窓会。これだけでも本を出した価値があるというものです。酔眼や酔い姿は、あまり「みっともよい?」ものではないので、本とカヌーワールドの向こうに隠しておきます。この飲み会が、出席いただいたみなさんの新しい出会いの機会となったなら本当に嬉しいことです。ありがとうございました。

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果無山縦走(冷水山:1261.9m)

冷水山々頂
冷水山々頂

11月11日:一晩中、テントの上に降り注いでいた星がその光を失う頃、冷たく強い風にあおられながら私たちは出発しました。どこまでも澄み切った青い空の下、落ち葉を踏みしめて歩く愉悦、これ以上のものが他のどこにあるというのでしょうか。冬枯れの果無の山稜は、私が期待していた以上のものを与えてくれました。冷水山の頂で長い休みをとり、コーヒーに甘いお菓子を味わいながら、遠く熊野灘を行く船を眺めていると、そこにいるだけ、ただそれだけの幸せを実感できるのです。

 今年のテントレック(10の旅)。その最後となる9番目の旅は、何の困難も変哲もない尾根歩きでしたが、心身ともに十分に満たされたものとなりました。

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果無山縦走(石地力山:1139.5m)

筑前乢手前の道
筑前乢手前の道

11月10日:今年最後のテントレックは果無山脈の縦走です。入山口と下山口が遠く離れるので、雲水さんと私たち4人との交差縦走になりました。昴の郷で車中泊をし、翌朝、小辺路の道をたどりました。果無集落は雲海から浮かび上がっていましたが、昨夜まで続いた雨で山腹に低い雲がわだかまっているのも興があるものです。果無峠までは石畳もありよく踏まれた熊野古道。でも峠から一変し、落ち葉の絨毯の道となります。すっかり葉を落とした木立に、黄色い葉をとどめた紅葉など左右に見ながらたどる尾根道は、私たちが求めていたものです。だれ一人会う人もない贅沢な道行。石地力山を越え、筑前乢にテントを張り、到着を待つ間もなく、雲水さんは現れました。陽の落ちないうちから鍋を囲むと、Kさん持参の焼酎は瞬く間に蒸発していくのでした。

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恒屋城跡(236m)と棚原山(402.5m)

恒屋城跡、本丸直下
恒屋城跡、本丸直下

11月5日:今日も秋晴れ。雪彦山の行き帰りに気になっていた山を2つ歩いてきました。香寺町にある恒屋城跡と棚原。両方とも登山口の標識があって一度入ってみたいと思っていました。前者は戦国期の山城跡でその遺構が残っています。向かいに見える置塩城の赤松氏とここの城主恒屋氏とは小競り合いを続けていましたが、こんなに間近にお互いの本拠地を見ていたのですね。その置塩城の尾根の突端に棚原山はありました。恒屋の谷に一度下りてから車で登山口に回りましたが、墓地脇を抜けていく平凡な里道が途中から妙に立派な道に変わっていくのです。この道のつけかたは普通の山道とは異なり、車馬が通れる風情です。今は荒れているもののよほど多くの人々の往来があったことを偲ばせます。次回は少し下調べをして足を延ばし、八葉寺、城山(置塩城址)まで訪ねてみようかと思います。

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京見山(216m)

京見山山頂
京見山山頂

11月4日:朝から日本晴れ。こんな日に家にじっとしている気にはなれません。午後から用事のある女房と半日足らずで登れる山を、ということでここを思い出しました。というのは、一昨日前に会ったさっちゃんからこの山を歩いたという話を聞いていたからです。大津のイオンで食べ物を仕入れてから、西端にある春日神社の境内から登りました。階段のある急尾根を越えた見晴らしのいい場所で昼食をとりました。後は尾根道を行くだけでしたが、右に左にと枝道の多いこと。この山が麓の人たちにいかに親しまれているかの証拠のように思えました。京見山一筆書きというコースでも考えたら面白そうです。京見山の頂はベンチやテーブルが設えられていて、登山ノートもありました。山頂からは原へと直接下って、用意しておいた自転車でイオンへと帰りました。あわただし山歩きでしたが、午後の用事には何とか間に合いました。

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フルーグタグ神戸

優勝したあかっし―
優勝したあかっし―

10月31日:レッドブル主催のフルーグタグ(ドイツ語で「飛ぶ日」という意味)に行ってきました。イベント嫌いの私がわざわざ出かけたのは、娘たちが参加しているからです。40チームのびりから3番目だったので結局、ほぼ全部見ることになりました。高さ6メートルのデッキの上で45秒間ほどダンスや寸劇のパフォーマンスをして、それから飛ぶのですが、飛べない鳥人間コンテストでいかに真面目にバカバカしく落ちるかを競うのです。それぞれに工夫をして面白かったのですが、一番近い1-Aのエリアでもあまりよくは見えませんでした。おまけに立って見ろという指示があって、くたびれてしまいました。11月17日の午前2時から1時間番組に編集されて関テレ(8チャンネル)で放送されるとのことですので録画して見ようと思っています。このほうがきっと楽しめるかも。

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金時山(1212.4m)

頂上の茶店を後に
頂上の茶店を後に

10月23日:横浜から箱根峠まで車を走らせ、もういっちょう山を登ろうと思ったのは、東京・横浜での飽食の結果、溜まったエネルギーを放散させるため。これは嘘で実は富士山が見たかったからです。愛鷹山をとも思ったのですが、より手軽な金時山にしました。公時神社から「まさかりかついだ金太郎は・・・」と歌いながら登った頂上には茶店が2軒。手前の茶店のおかみさんは話好きで、女房に負けないくらいでした。いろいろ教えてもらいましたが、ここでも富士山がきれいに見える日は一年のうちで3分の1くらいとこと。この日も霧でダメでした。おかみさんは気の毒がって主人が撮ったという晴れた日の富士の写真を何枚も見せてくれました。こんなシチュエーション、どこかにあったぞ?乙女峠へと下りながら太宰治の「富嶽百景」の三ツ峠での文章を思い出していました。

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横浜

日本丸
日本丸

10月22日:「道の駅やちよ」で車中泊のあと、急に思いついて千葉の親せき宅を訪問。その後「海ほたる」へ渡りました。そのまま川崎、横浜と車を走らせ、街中の安い駐車場を探してウロウロしました。東京、横浜あたりは24時間2500円などというのがざらで、3桁クラスはなかなかありません。貧乏旅行の精神に従って2時間を目処に街見物。ミナトみらいから馬車道、横浜ドーム下を抜けて中華街へ。神戸の中華街より3~4倍は広いようです。立ち並ぶ店々では中国語が飛び交い、ここは北京か香港かという風情の中、入った路地裏の店がヒットでした。味・ボリューム・値段の3拍子がそろっていて満足。上機嫌で「街の明かりが・・・」とか「港のヨーコ、横浜・・・」とか口ずさみながら走っていると、伊勢崎町にさしかかったので「あなた知ーってる」と歌が変わり、最後「横浜たそがれ・・・」で、この地を後にしました。

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東京ポタリング2

葛飾柴又
葛飾柴又

10月21日:人形町のアパホテルでゆっくり目を覚まし、近くのカフェでパンとコーヒーの朝食。それから銀座へと出かけたところでカヌーワールドを表敬訪問することにし、迷惑をかえりみず電話をしてみました。こんないいかげんさが私の悪いところであり、ポタリングのいいところでもあるのです。舵社のある浜松町まで自転車で10分少々。突然の訪問にかかわらずU編集長とお会いし話ができたのは、大きな収穫であり幸運でした。銀座で昼食の後、日本橋から東西線に乗り妙典で下車。それから左手にスカイツリーを見ながら江戸川の土手を北上しました。「寅さん」で有名な葛飾柴又に着いたのはもう夕暮れでした。ドラマや映画でよく耳にする地名や風情にふれ歩くと、いっそうその土地に親しみがわいてくるような気がするのです。東京はそんな場所に事欠かず、興味の尽きることはないようです。

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東京ポタリング1

スカイツリー
スカイツリー

10月20日:街を自転車で走るのはなかなか楽しいものです。特に東京のような大都市は、なんのあてもなしに行き先も定めずに行くのが面白いのですが、今日はKさん夫妻と会う、それに明治丸を見学するという目的があり、女房希望のスカイツリーもはずせません。というわけで気分的にはちょっとタイトでしたが、常磐線の南三ノ輪で電車を下りてから、吉原、浅草と見て回り、スカイツリーへは8時のオープンを待って登りました。天気はよかったのですが、遠方はかすんで富士山は見えませんでした。その後、両国、月島へと走り東京海洋大学にある明治丸へ。船内をボランティアの方に案内していただきました。他日ふれることもあるかもしれませんが、この船には私なりの思い入れがあるのです。その後Kさん夫妻と丸の内で昼食を共にし、さらに皇居、靖国神社、夜の新宿、都庁ビル、銀座と見て回って、私たちらしかぬ忙しいポタリングで一日を終えました。

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筑波山(女体山877m)

筑波山神社の大鳥居
筑波山神社の大鳥居

10月19日:渋滞続きの国道1号線から首都高を抜けて常磐自動車道へ入るころには、すっかり運転疲れしてしまい、守谷のSAで車中泊となりました。

 翌朝はゆっくり起きて筑波詣で。標高は低いしケーブルカーやロープウェイはあるし、まったくの遊山気分でした。この山は男体山と女体山の2つの山で構成され、女のほうが険しく、男より6メートルほど高いのです。両山の間にはケーブルカーの山頂駅があり、前の広場には土産物屋が軒を連ねています。この山がなぜ百名山なのか首をかしげる向きもあるようですが、関東平野にきわだってそびえ立つ姿は美しく、万葉集に歌う「筑波嶺を外のみ見つつありかねて 雪消の道をなづみ来るかも」という気持ちもよく分かる気がしました。下山は白雲橋コースをとりましたが、標高差は500㍍以上。まじめに登るとなかなか力のいる山に違いはありません。

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天城山(万三郎岳1406m)

万三郎岳山頂にて
万三郎岳山頂にて

10月18日:東京ポタリングのついでに、軽い山を2つ3つ登ってやろうと思い、百名山でもある天城山へ行ってきました。天城山という特定の山があるわけではなく、いくつかの山々を合わせてこう呼んでいるようです。その中の最高峰は万三郎岳で、登山口のゴルフ場から万二郎岳経由で歩きました。たくさんの人が訪れるようで、道はよく踏まれ道標も完備しています。山は終日、霧に包まれて期待の富士山も相模湾も望めませんでしたが、しっとりとした落ち葉を踏みしめながら歩く気分は悪くありません。頂上でコーヒーとお菓子をたのしんで正午過ぎには下山。

 伊東から車でまわった日本屈指の熱海の温泉街は、最近見たことがないほどの人出と賑わいでした。「熱海駅前温泉」という小さな湯を見つけだして、熱い湯にひたりました。

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鶏籠山(218m)

鶏籠山頂上(本丸跡)
鶏籠山頂上(本丸跡)

10月13日:龍野にある鶏籠山へ視覚障がい者の人の同行援護で行ってきました。山の案内は地元のKさん。

龍野公園の駐車場に11人が集まり、他にもう2人サポートの人が来てくれていました。登り1時間足らずの軽いハイキングですが、小さな凹凸や段差、不安定な石ころなど、目の不自由な人には一歩一歩に真剣にならざるを得ません。それでもにぎやかに龍野城裏から二の丸を経て龍野古城跡の山頂へと登りました。下山は歩きやすい両見坂から紅葉谷のコースで、昼過ぎには「赤とんぼ荘」に入りました。ここのレストランで食事をすると無料で風呂に入れるというサービスがよかったですね。日ごろ運動することの少ない人たちが、体を動かし自然に親しむお手伝いができたならうれしいことです。

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扇ノ山林道

上山高原のベンチで
上山高原のベンチで

10月12日:扇ノ山の林道を車で走ってきました。秋の気配は濃厚でしたが、標高1000Ⅿ辺りはまだ紅葉していません。上山高原で昼食に味噌煮込みのうどんを作って食べました。ススキを揺らす風に細かな雨が混じりはじめ、体も冷えてきたので早々にここを後にし、鳥取県側へと車を走らせます。本当は林に少し分け入ってキノコを探す算段だったのですが、雨模様になり、それもオジャン。

 扇ノ山の西山腹を縫うようにつけられた林道は今は全線舗装されていて走りやすくなっています。木々の切れ間から見上げると、1100~1200mの尾根のラインは黄色く色づいていました。みんなブナの木です。この葉がちょうど落ちるころ、あの尾根を歩いたならどんなに素敵でしょう。

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屋久島(花山歩道)

花山歩道の屋久杉
花山歩道の屋久杉

10月7日:鹿之沢小屋からは花山歩道を大川滝へと下りました。「若大将」のご主人が車を麓に回しておいてくださったので急ぐ必要もなく、ゆっくりと屋久島の樹林の雰囲気を楽しみながら歩きました。

 哲学者の梅原猛は屋久杉の幹にある空洞を見て、あらゆる生はその中に死を内包するものだと語りました。でも、同行したⅯさんの「屋久島の樹木は、枯死し倒れた木の上に苔が生え、そこに着床した種からまた多くの樹木が育つ」という話を聞いて、私は再生を思ったのです。根上りの杉の木の下には、その昔に倒れた巨木があったのですが、その巨木はいつしか朽ち果てて無くなりそこが洞(うろ)となるだそうです。そうするとその空洞は死ではなく、生きた証のようなものではないか、などなど思索はめぐります。屋久島の深い森は、私のような凡俗さえ哲学者に変えてくれるようです。

 

 

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屋久島(黒味岳1831m)

黒味岳山頂
黒味岳山頂

10月6日:沢登りから続けて縦走に移りました。この日は石塚の小屋から花之江河、宮之浦岳、永田岳と回って鹿之沢小屋まで。空はよく晴れ渡って心も体も軽く、のんびりと山稜漫歩を楽しみました。屋久島の最高峰は宮之浦岳1936mですが、ここであえて黒味岳をあげたのは、その展望が秀逸だったからです。加えて山頂に露出した大岩の上には秋の風が渡り、こんな心地よい山巓はそうないでしょう。寄り道してよかったです。

 そのあと宮之浦岳に立つころまで、空は晴れていましたが、いつの間にか周囲は雲に包まれ、小粒の雨さえ降ってきました。このとき、下の宮之浦の町は土砂降りだったと聞きましたから、私たちはまだ運がよかったのですね。永田岳を越えてから、屋久島笹にまとわりついた水滴に濡れそぼちながら鹿之沢小屋に入りました。

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屋久島(ビャクシン沢)

天国のナメ
天国のナメ

10月5日:屋久島の山旅のメンバーは5人。三木から800有余キロを走り、鹿児島からフェリーで4時間、宮之浦に着きました。その日は下準備を済ませてからオーシャンビューキャンプ場に泊まり、翌日に屋久杉ランドからビャクシン沢に入りました。ザイルなど必要ない沢歩きと思っていたのですが、大岩やいくつかの滝を越えていかねばなりません。巨岩がゴロゴロする渓相は、屋久島では取り立てて言うほどのことではないのでしょう。それでも最後のナメに会いたくてつめ登っていきました。「天国」と形容されるようにそれは素敵な所で、倒木と大岩に悩まされてきた身にはそこはまさしく天国でした。登山道へ出て石塚小屋に着いたときはもう真っ暗。昨晩に立ち寄った宮之浦の居酒屋「若大将」のご主人から聞いたこの小屋の怪談話。そのキイワード「約束したでしょう。」を口にする者もなく、夜は更けていきました。

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リトル比良

オウム岩で休憩
オウム岩で休憩

9月30日:沖島の帰りに近江八幡で近江牛を仕入れた後、Nさんのリゾートマンションへ移動し、そこですき焼き宴会。ビール・焼酎・日本酒と三種の妙薬をいただく内に、濁りきった頭に一瞬の光明が差し込みます。これは計画というより妄想というのがふさわしいのですが、翌日その妄想を実行しました。鵜川越えに自転車をデポしておき、高島からリトル比良を縦走し、自転車で戻ろうというプランです。大炊神社から登り、岳山、鳥越峰、岩阿沙利山と歩きました。白坂、オウム岩、琵琶湖の展望等々、なかなか見どころが多かったのはフロックというものでしょう。おまけにアミタケ、人形茸の収穫もありました。最後の自転車でのダウンヒルも爽快で上々の首尾。計画は緻密で入念なのがいいとばかりは限らないようです。いいかげんな山行も時には面白いかもしれません。

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ケンケン山・尾山(220.2m)

岸辺を歩く
岸辺を歩く

9月29日:琵琶湖に浮かぶ沖島は、「日本でただ一つ湖に人が暮らす島」でケンケン山はそこにあります。カヤックで初めてこの島を訪ねたとき片足ケンケンで登れる山と、勝手に思い込んでいましたが見景山(けんけいやま)の転訛との説に触れ、そうだったのかと思うお粗末。みっちゃんと女房の3人で堀切港から通船で渡り、登ってきました。この島の最高峰は尾山(宝来ケ嶽)220.2m。ケンケン山というのはその西にある「お花見広場」脇の210mの山のようです。人口300人の島の40%は65歳以上で、村の婆様たちは3輪車に乗って島の北西部にあたる千円畑辺りに出かけ、野菜作りにいそしんでいました。時間の許す限り島の隅々まで歩いてみましたが、見ると暮らすとの間には大きなギャップがあるのだと、ただのパッセンジャーは今日も知るのです。

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中秋の名月

9月27日:月があまりに大きくて明るいので、外で食事をしました。風は少し冷たかったのですが、私にはちょうどの心地よいものでした。ビールとお好み焼きという質素なメニューながら内輪話に花が咲き、虫の音を聞きながらのいい宵になりました。

「あな嬉し、心は晴るる身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし」

酔っぱらいのうろ覚えで、間違っているかもしれませんが、大石内蔵助の辞世と記憶しています。こういう境地には到底達せられそうもありません。中天にさしかかった月にはいつの間にか叢雲がまとわりつき、この世への未練はつきそうもありません。

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十六夜山

9月20~21日:高校の同窓会に行ってきました。「あれから50年」とありますから、みな60代半ばです。第20期、11クラス、500数十名の内、136人が集まりました。「同窓会 じいとばあとで クンとチャン」という川柳を思い出しましたが、そういう雰囲気でにぎやかでした。翌日に母校の見学会がありました。改装されている新館には馴染みはないのですが、重文に指定されている本館の油のにおいは懐かしいものでした。それより思い出深いのは、裏にある小高い丘、十六夜山です。山岳部員だった私は、ここの上で訓練と称して、ラジュースでお茶など沸かし、飯を食べていたのです。今日の見学までここが古墳の上とは知りませんでしたし、本館の中に犬養毅の揮毫した額が二つもかかっているのを見つけたのも発見でした。前方後円墳の後円部の上、貴重な建物のそばで火を炊くなどというアホな生徒だったんですね私は。それは、今も変わらんか。長生きすれば、恥も多くなるものですね。

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姫路 神話の山巡り

男山から見る姫路城
男山から見る姫路城

9月15日:播磨風土記は、姫路に点在する14の丘の所縁を記します。大汝命の子、火明命は乱暴者でそれに耐えかねた大汝命は島に置き去りにすることにし、因達神山(八丈岩山)に舟で連れ出します。火明命に水を汲みに行かせたすきに、舟を出して大汝命は逃げるのですが、置き去りにされた火明命は怒り狂って波風を立たせ、その舟を転覆させてしまいます。舟から落ちた積荷にちなんで十四丘の名前が付けらました。その丘の内のいくつかを自転車で巡り、登ってきました。車だと駐車に困るような所も多く、登る山々も標高の低いものばかりですからこの方法がいいかなと思います。冑山、手柄山、金亀山(番外)、秩父山、舟越山(番外)、振袖山(番外)、八丈岩山、男山と回りました。最後の男山の長い階段を登った末に、今まで見たことのない角度での姫路城に対面しました。正面からの姿に慣れた私には新装なった姫路城がさらに新鮮なもののように目に写りました。

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小田原川本谷

適当な間隔で小滝が続く
適当な間隔で小滝が続く

9月13日:今年3度目の小田原川。娘のリクエストで職場の同僚のNさんと3人で登ってきました。さすがにもう水は冷たく、陽ざしも秋の気配ですから、泳ぐ気にはなれませんでした。それでも、手足を水に浸していく爽快感と変化のある渓相を楽しみながら登るのは沢ならではものです。

 この谷の登り方は、私なりのスタイルができたようです。自転車でのダウンヒル。沢登り、リラクシアでの入浴の3点セットで、「クライミング・ジム」ならぬ「沢登りジム」のようなコンパクトでコンビニエントなイメージです。でも、沢は本来そんな所ではありませんから、慣れは戒めなければ。最後にリラクシアのレストランでケーキセットを食べて帰りました。初めての沢登りのNさんへのご褒美と私の食い意地のなせる業でした。帰りに田の畔に彼岸花を見ました。もう秋ですね。

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剱岳(2999m)源次郎尾根

源次郎尾根Ⅰ峰
源次郎尾根Ⅰ峰

9月4日~6日:秋雨前線が居座っていて、なかなか山に登ることができない中、たった1日の晴天をつかみ、Kさんと女房の3人で剱岳の源次郎尾根を登ってきました。

 剱岳の山頂へ直接つきあげるこの岩稜はは剣沢小屋から標高差400㍍を下り、頂上まで900㍍を登りかえすという体力のいるバリエーションルートです。未明からヘッデンをつけてテラテラに凍りついた雪渓を下ってから取付きへ。岩まじりの急峻な尾根を時折ザイルを用いて越えながらⅠ峰を目指しました。登りついたその頂の向こうには鋸の歯のような八ツ峰の岩稜が連なり、そしてその下に長次郎谷の白い雪渓が落ちていました。この位置からの眺望は、汗してここに立つ者にしか味わえないものでしょう。Ⅱ峰のアップザイレンも無事に終え、重い足取りで最後の200㍍余を登りきると剣の山頂です。大勢の登山者がいましたが、私たちはいつもとは少し違う感慨と充足感をもちながら、その中へとまぎれ込んだのでした。

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赤坂山(823.8m:ウツロ谷)

飛沫を浴びて
飛沫を浴びて

8月23日:赤坂山の北面、耳川の支流折戸谷のそのまた支流にあたるうつろ谷を案内してきました。砂防堰堤を3つ越えて、10mの滝から始まるこの谷は、大小の滝を連ねて、その応接に飽きることがありません。泳ぎや飛びこみはないのですが、滝の飛沫を浴びながらのシャワークライムの涼感はこの季節ならではのものですね。要所要所でザイルを用いながらいくつもの滝を越えて行きました。

 遡行を終えて明王の禿に出ると眼下に琵琶湖が見え、涼しい風が渡っていました。昼食をすませて赤坂山の頂に立つと日本海側に湧いた雲が周囲の山々を包み、山腹の茅がそよいで高山の趣き。秋はもう近いようです。

 帰りにきららの湯でさっぱりした後、偶然入った「寿し政」という店でうな丼を食べました。これがヒット!!カヤックに沢、そして鰻を堪能し、もう夏に未練はないかも?

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佐土の岩場

アプザイレン
アプザイレン

8月21日:一昨日来の雨は朝には上がったものの、岩は濡れています。出発を1時間遅らせて10時集合で岩登りのトレーニングをしてきました。岩はまだ湿っていてフリクションはききませんでしたが、次第に乾いてきて午後には何の問題もなく楽しめました。最後に選んで登ったルートは、剱岳の一般コースには出てこない(というよりアプローチシューズで登るような)ところではなかったのですが、お二人ともスイッと登ってきたのには実のところ驚かされました。反対にアプザイレンのセットの仕方がまったく解っていなかったのは逆の意味でびっくり。こうした凸凹をならしながら上手くなっていくのだと気づかされたのでした。それに、半ば習慣化して、当たり前と思っていることが、初めての人には当たり前でないこともたくさんあるのですね。私の方の凸凹も矯正していかなくては・・・。教え教えられる1日でした。

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小田原川本谷2

3段の滝
3段の滝

8月18日:今夏2度目の小田原川本谷。峰山高原から自転車でダウンヒルをして取付きへ。遡行を終えたらリラクシアで風呂に入ってさっぱり、というプランで行ってきました。前日に大雨でも降ったのか、増水の痕跡があり、水量もそれなりに多く楽しめました。何か不思議な気がするのですが、この沢はもう何度も登っているのに、行くたびに印象が違うのです。今回は剣の岩稜を登るトレーニングも兼ねているので、あえて難しそうな所を選んで登ったせいかもれません。いずれにしても、夏の陽ざしの中、飛沫を浴びて沢を遡るときの適度な緊張感と清涼感は時間を忘れさせてくれます。

 沢を行くときの歩き方と、岩場を行くときの足運びは、一歩一歩が油断ならないという点で似ている気がします。「何々のために」するトレーニングというものが嫌いな私は、楽しみながら、知らず知らずのうちにそんな技術や体力が身につくといいなと思うのです。また行きましょう。

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五島列島の旅⑦

野崎島 旧野首教会
野崎島 旧野首教会

8月3日:いよいよカヤックによる旅も最終日となりました。小串の漁師さんに教えてもらったとおり、沖へと漕ぎだし、北東に流れる潮に乗ります。前島までは順調でしたが、津和崎瀬戸の入り口辺りで、潮の方向が定まらず複雑な流れになっていました。野崎島は住む人なく、畑地の跡が段々に残され、その下にきれいな砂浜がありました。そこに上陸。村の学校跡が「自然学塾」という体験施設になっていてグランドにはきれいにテントが張られていました。管理人さんの好意でシャワーを使わさせてもらい、旧野首教会を訪ねました。赤い煉瓦造りの教会が青空と緑に映え、目と心に焼きつきました。    

 今回の海旅の終着地、宇久島には正午過ぎに着きました。

「宇久フィッシャリーナ」というヨットの停泊施設を使わせていただき、漁協に電話をしました。どんな様子か見にきてくれた女性職員の方が、カヤックと荷物を軽トラでフェリー乗り場まで運んでくださいました。最後は「レストランもりた」で送迎付きの夕食、これが旅のフィナーレとなりました。

 「美しいものが見たい、いい人に出会いたい」これが私の旅の目的ですが、その二つとも満たされた今回の五島列島でした。

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五島列島の旅⑥

頭ヶ島天主堂
頭ヶ島天主堂

8月2日:今日も北へ流れる上潮を利用します。未明に高井旅を漕ぎだし、朝凪の海を漕いでいると左手の港から次々にはえ縄漁船が出港してきました。東シナ海へと漁に出る船団のようです。重油代の高騰と漁獲量の減少で厳しい状況とのことですが、10数隻の船が1列で航行する様は勇壮で誇らしげです。頭ヶ島までの約20㎞は休憩なく漕ぎました。赤い橋の下の激潮に乗って北に回りこんだ入り江の奥に石造りの頭ヶ島天主堂があります。その下のキリシタン墓地はきれいに掃除されていて、青い海をバックに静かなたたずまい。世界遺産登録のために訪問者をカウントしている役場の人と話をしました。有川の寿司屋を紹介してもらったのですが、有川湾へ漕ぎ出すと、目前の津和崎半島が近く見えてそちらへと行ってしまいました。2時間漕いで着いた小串の港では子供会の行事が行われていて、私たちも飛魚(アゴ)にビール、流しソーメンをご馳走になり、尾根上に立つ「マルゲリータ」の温泉まで車で運んでいただきました。五島の人たちのこうした親切さは、いったいどこから来るのでしょうか。温泉から帰った夜は、いただいたおにぎりや鶏の唐揚で夕食。公園の角を借りて泊まりました。

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五島列島の旅⑤

キリシタン洞窟
キリシタン洞窟

8月1日:朝の内、金剛崎までは逆潮です。沿岸の反流やエディを利して奮闘1時間、岬を回りこむと、さっきまで敵だった潮は大いなる味方となって北上を助けてくれます。前島のトンボロは潮が満ちていてその全貌を見せてはくれませんでした。舅ヶ島の岩畳に着けて休憩の後、若松島のキリシタン洞窟を目指しました。白崎にあるはずのそれはなかなか見つからず、あきらめかけたときに白い十字架とキリスト像が目に入りました。これがなければ、その背後にある洞窟など気づきもしないでしょう。このような場所で密やかに命がけのミサを続けてきた人たちの信仰のきびしさを思ったのでした。奈良尾の港で食糧を仕入れました。そこのスーパー「ナイスデイ」のおかみさんが、旧港にあるという寿司屋さんまで車で運んでくれました。今日は満席というのを無理をして寿司をにぎってくださった「ことぶき」の主人。五島で出会った3、4番目の親切、寿司とビールが各段に美味かったことは言うまでもありません。この日は高井旅のビーチテラスで夜を明かしました。


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五島列島の旅④

久賀島の浜でキャンプ、満月でした。
久賀島の浜でキャンプ、満月でした。

7月31日:未明に荒川の港を漕ぎだし、潮に乗って北上します。高浜や頓徳の浜を右手はるかに見て玉之浦を出ると、嵯峨ノ島の南側からうねりが入ってきました。風も同方向、斜め背後から押してくれます。長崎鼻では潮、風、うねりの3者が競合して激浪の様相、もまれにもまれてここを漕ぎ抜きました。この先の柏崎には海図に激潮のマークがあるので、心配していたのですが潮は速いものの難なく回りこみました。ここまで、ずっとカヤックに海水が浸潤してきていて、何度もビルジポンプで汲み出してきました。高崎の港に上げてみると、やはり底に裂け傷がありました。修理キットで傷をふさぎ、乾くまで長い休憩をとりました。午後からは逆潮に逆らって糸串ノ鼻を回って、大潮で川のように流れる田ノ浦瀬戸を横切り田ノ浦の港に入りました。ここは泊まりにくかったので、教会のある脇浜で水を仕入れて、その先のゴロ石の浜に上げ蚊帳とタープで宿とします。色々困難はあったのですが、距離の稼げた一日となりました。

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五島列島の旅③

富江の浜から出発
富江の浜から出発

7月30日:今日の満潮は8時40分頃で転流はその2時間後に始まります。それまでに潮に乗って大瀬崎を越える予定でしたが、出発に手間どったのと、思いのほか風が強く、笠山岬辺りは荒れ模様。大宝の浜についたのは9時で、大瀬崎を回りこむことはあきらめました。北側の玉之浦へはカヤックを分解してかつぎ、1キロほど道を歩けば出られるという目算があったからですが、偵察してみるとこれがなかなか大変でした。半ば途方に暮れていると、軽トラの漁師さんが通りかかったので荷物を運んでくれないかと頼んだところ、舟ごと運んでくれました。五島で最初に出会った親切でした。

 玉之浦は内海で波おだやか。深い入り江の奥にある井持浦の教会を訪ねた後、風と潮に助けられて居眠りをしながら荒川まで行きました。ここの温泉に入った後、「さんさん」という食堂でノドグロの煮付けと赤むつの刺身を食べさせてもらいました。2度目のにいただいた好意とご馳走でした。

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五島列島の旅②

最初の訪問地、堂崎教会
最初の訪問地、堂崎教会

7月29日:五島列島南端の島にある福江の地名は「福江では北西の風、風力5・・・・」と漁業気象で馴染みがあったのですが、来るのは初めてでした。五島列島最大の街で、お城があるんですね。フェリーから車で降りて、まずは腹ごしらえ。「進駒」という路地裏の寿司屋に入り600円のにぎり定食。安い美味い、ボリュームよしの3拍子と幸先のよいスタートとなりました。そのまま島内を反時計回りにドライ。堂崎教会や北西岸の偵察などして、出発地の富江のキャンプ場には夕刻に着きました。キャンプ場の使用料を払い、管理人に「カヤックで島を回るので4~5日車を置いていくが心配(不審車と思われて騒ぎになることもあるようなので)しないように」と頼んでおきました。今回の海旅のテーマは、「潮を利しての列島縦断と海から訪ねるキリシタン遺跡」です。日暮れまでにファルトを組み立て準備は整いました。さて、どうなりますことやら。

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五島列島の旅①

フェリー 椿
フェリー 椿

7月28日:今年のテントレックの7番目に予定していた五島列島をシーカヤックで巡る旅へ行ってきました。九州地方も今日で梅雨明けとのこと。そのあとの好天をつかむのですが、満月の大潮だから潮読みをきっちりしなければひどい目に遭いかねません。なんだかんだと計画を練り、準備を済ませて夕刻に出発しました。長崎までおよそ800㎞、10時間はかかりそうです。今回の舟は迷った挙句、フジタのファルト(ノア)にしました。長崎から福江のフェリーはFRPの長いカヤックは手荷物ではなく貨物扱いになるそうで、ややこしかったのです。それに旅の途中で挫折して引きかえすにしても折りたたんでかつげば、どこからでも帰ってこられます。時々、仮眠しながら車を走らせ、8時5分の九州商船のフェリーに間にあいました。

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能登島

そわじ浜へとイルカを探して
そわじ浜へとイルカを探して

7月19日~21日:台風11号の後を追うようにして1日ずらしの出発になりました。メンバーはAさんと女房と私の3人。勝雄浜のキャンプ場で前日に合流して、そこから能登島を回る目論見でした。カヤックでの島1周は40㌔㍍ほどと言われています。一生懸命漕げば1日で十分回れる距離ですが、反時計回りに漕ぎ出して、途中、島の北の入り江に居ついたイルカを見たり、泳いだり、キス釣りをしたりしたので、ツインブリッジをくぐって西湾を南下する頃は午後も遅くになっていました。適当な場所でキャンプしようとしたものの、人工護岸ばかりでそれも面白くなく、逆風の中、能登大橋を回り、須曽の小さな港に上げました。Aさんには、しんどい思いをさせてかもしれませんが、どうつくろってみたってシーカヤックはこんなことの繰り返しなのです。そんな中でも、心の沸き立つような一瞬や海の不思議に出会えることがあったなら、それは得がたい収穫なのです。海の旅も、山のそれと似ているのように私には思えるのです。


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佐土の岩場

7月15日:台風接近前の暑い日でした。岩場の上は風もなく、そこにいる我々は石焼ビビンバ状態。木陰にあるベンチとテーブルに感謝しながら、少し涼んで水分補給し、また練習というサイクルになりました。今日は、源次郎尾根で使うだろうと思われる岩の技術をという要望で、フィックスロープのこなしかたとスタカットの方法、アプザイレンをやりました。この佐土の石切り場跡は私が20代の頃に通った岩場で、この年齢になってから再びここで岩登りができるのが嬉しくてたまりません。

 その頃に幾本かのルートを作った覚えがあり、私の打ったボルトが赤さびて残っているのもまた懐かしいものです。いくつになっても山はたのしいし、岩はおもしろいのです。これは病気というものなんでしょうか?

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大久野島

木陰で乾杯
木陰で乾杯

7月11~12日:大久野島にファミリーキャンプに行ってきました。広島県の三原と竹原の間に忠海という小さな町があり、その沖合に浮かぶ大久野島まではフェリーでわずか12分の距離。この島は戦争中に毒ガスを製造していて、当時の地図からは白く切り抜かれ、「消された島」などと呼ばれていました。毒ガス製造の遺構や砲台跡などが随所に残るものの、島のイメージは実に明るいのです。それは瀬戸内特有の晴れたイメージの海に点在する緑の島々という風景の美しさだけでなく、島の至る所にいる兎のせいです。エサ袋ガサガサという音を聞くと、いっせいに群がり寄ってきて歓迎してくれるのです。その仕草の愛らしいこと。

カヤックに自転車、そしてテントにハンモック、テーブル、椅子、炭にコンロと車に積めるだけの遊び道具と食べ物、飲物をもって、2日間のキャンプを家族とともに楽しみました。


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小田原川本谷

泳ぐ
泳ぐ

7月9日:小田原川は峰山に水源をもつ市川の支流です。高倉の村はずれからリラクシアまでの谷は本谷と呼ばれ、初心者向けのやさしい谷で、私も何回か遡行したことがありますが、今日はずっと降りつづいてきた雨のせいか水量が多く、いつもとはまったく違った渓相を見せてくれました。朝までの雨もいつしか上がり、どんよりとした梅雨空の下ではありましたが、今年初めての沢をたのしむことができました。泳いだり、飛びこんだり、へつったり、飽きる間もなく遡り、黒岩滝は右岸の水流際を直登してシャワーの涼感を満喫しました。

リラクシアでは風呂に入って沢の臭いを落とし、乾いてさっぱりした服に着替えられるのもありがたかったです。ガイドさせていただいたお二人にも満足いただけたなら、幸先のよいシーズンイン。梅雨明けの予感がしています。

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琵琶湖横断

西ノ湖の葦の中を漕ぐ
西ノ湖の葦の中を漕ぐ

7月4日:前鬼川下降のプランが雨のために流れ、その代替案だった琵琶湖横断に行ってきました。近江八幡の水郷、西ノ湖から漕ぎだし、琵琶湖に出て沖島へ。そこから西岸の志賀青柳浜まで、総航程20㌔㍍ほどの計画でした。メンバーは9人、2人艇4に1人艇1で梅雨らしい曇天のもと風もなく凪た湖水を行きました。西ノ湖では葦に囲まれた水路で迷い、沖島のケンケン山は東側の登り口が見つけられずに時間切れ。私の事前準備のいいかげんさが祟ってしまいました。琵琶湖横断といってもたいした距離でもないので少し甘くみたのが失敗でした。予報に反して夕方から降りはじめた雨に濡れながら青柳浜に上陸。車回収とカヤックの整理に思いのほか時間がかかり、Nさんのリゾートマンションで温泉に入って人心地がついたのは午後9時前。Mさんが準備して下さった鳥鍋に酒が入るとおしゃべりも最高潮で、いつのまにか日も替わろうとしていました。

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黍田富士(166m)

頂上展望台
頂上展望台

7月3日:全国にフジと名のつく山はいっぱいあり、どこが富士やねん?フジと言ったら何か箔でもつくんかい。とひねくれ者の私はいつも思うのですが、総勢12人で黍田富士行ってきました。地元のKさんの案内で龍野駅近くで集合。そこから車で10分ほど南の神部小学校の脇が登り口です。どんぐり広場から谷筋の道を登り、峠のようなところへ出て、そこからさらにひと登りで頂上へ着きました。幸せの鐘を誰かが鳴らすのを聞きながら、展望台に上がると眼下に揖保川町の家並み、田畑が一望でき、その中を時折新幹線が走り抜けていきます。頂上の木陰で少し早い昼食。ゆっくりくつろいでから古墳群のある亀岩方向に散策して帰りました。視覚障がいの人たちと登る山としては道も整備されていて手頃でした。山高きがゆえ貴からずですね。

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ハーバーランド

神戸港
神戸港

6月30日:梅雨空の下、雨が降りだすまでにと神戸へポタリングに行ってきました。ハーバーランド・ウミエの駐車場は平日3時間までは無料。2000円買い物をすればさらに1時間大丈夫ですから、ポタリングのスタートはいつもここになります。大丸でウィンドウショッピングして目だけ肥やして、バーゲンやアウトレットの店で買い物というのが庶民のやり方ですね。大丸の隣のシネリーブルの会員になり、さらに自転車でうろうろした帰りに、エディバウワーで夏物のズボンを2着買ったら、女房がちゃっかりもう一品自分の物を挟んできました。庶民の女房はたくましく、あつかましい。でも、この程度でよかった。「お買い物は大丸か阪急でなくっちゃ」などと言わないだけありがたいと思わなくては。

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山・岩・沢・雪

6月27日:今年のテントレックのメインは本を出すこと。やっと原稿が仕上がりました。本当はもう数年前に出していなければならなかったのですが、屋移りをしたり母を送ったり、予想もしていなかった大きな出来事が次々にあって、延び延びになってきました。「ひょうご山蹊記」を出してから10年は長すぎますが、その続編という位置づけです。でも内容は山域紹介ではなく写真のとおり、山歩きと岩登りと沢登り、そして雪山スキーに関する一味違うハウツーものになります。本当はシーカヤックでの海旅も入れたかったのですが、そうすると今の280頁にさらに50~60頁加えることになり、さすがにこれはあきらめました。カットはイラストレーターの次女が描いてくれました。女房はご愛想で面白いと言ってくれますが、身内ぼめしていても始まりません。さてさて、どうなりますことやら。

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佐土の岩場

あーして、こーして???
あーして、こーして???

6月25日:今年の夏、剱岳に登る人たちの足馴らしに佐土の岩場へ行きました。スタカットの登り方、ザイルワーク、セルフビレイ、アプザイレンなどは一般路を登るのに必要はないのですが、岩場でどう身を守るのかということを知っておくことは決して無駄ではありません。また、ザイルで確保されながら少し難しい岩を登っておけば、普通の岩稜で怖じけることもないでしょう。スポーツクライムとしてではなく、山を行くひとつの方法として岩登りをする人を応援できるのは、同じ嗜好の私にはとても嬉しいことでした。今日もいい人に出会えました。

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石鎚山(1982m)

天狗岳がもう目の前に
天狗岳がもう目の前に

6月19~20日:石鎚山の東稜は土小屋の登山道から分かれて天狗岳へ至る、岩峰や岩場を交えた1Km余の険しい尾根です。頂上への一般コース、1~3の鎖場は修験者の行場でもあり、太い鎖が設けられていて安心ですが、東稜は一部ザイルのいる岩場もあり一般登山者向きではありません。ここを2人の女性をガイドしてきました。

 曇との予報を信じて来たのですが、霧と小雨模様のあいにくの天気でした。東稜に入ると笹や草の水滴でたちまち靴中は水浸し。靴先についた泥で岩は滑るし、コンディションはよくなかったです。でも、こんな状況でも泣きも入らず、冗談など言いながら淡々と行動できるのは山に慣れている証拠ですね。私もおかげでたいした不安を感じることもなく楽しませてもらいました。惜しむらくは、過去4回、縦走、東稜、北壁と登りに来ていますが、いずれも霧や雨。一度くらい晴れた日の石鎚を歩かせてくれ!!そう叫びたいのです。

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カヌーワールド10

カヌーワールド10号
カヌーワールド10号

6月18日:今日、カヌーワールド10号が発売になりました。年2回の発行ですがなかなか内容が濃く、私も時代遅れにならないように参考にしています。新しいカヤックやマリングッズなど見ていると、ついつい欲しくなってくるから危ないですね。このカヌー専門誌の「PADDLERS' TOY BOX」という欄にコラムを書かせてもらっています。6号からですのでこれで5作目になります。今回は「漁師とカヤック」というタイトルで、海で出会った漁師との関わりのようなことを書きました。ネタ切れにならないように、今シーズンもどんどん海に出かけようと思っています。

 梅雨時も梅雨前線の北側は思いの外、風も吹かずおだやかなことが多いです。低気圧の接近時さえ避ければベタ凪ってこともあるようです。どうですか、この夏、カヤックで海を歩いてみませんか。

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収穫

ジャガイモ・玉ねぎ
ジャガイモ・玉ねぎ

6月6日:我家の家庭菜園「猫額園」で玉ねぎとジャガイモをとりました。玉ねぎは茎が折れたら、ジャガイモは葉が黄色くなったらというのが収穫のシグナルだそうです。両方とも小ぶりでしたがまずまずのの量。苺は移植してシュートから生える株を待ちます。プランターのナスととかんぴょうを地におろし、サツマイモの畝を作って農作業を終えました。収穫した男爵を早速ゆがいて食べてみました。口をふうふうしながら、ほくほくの芋をほうばります。ジャガイモ1個の幸せってのもあるんですね。

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佐土の岩場

6月4日:今日は朝から雲一つない空でした。女房がこんな日は岩登りとせきたてるので、昼から出かけました。途中のお好み焼きやでオムソバを食べるともう2時前になっていました。ふくらんだお腹にふうふう言いながら1本だけ登ってきました。もうちょっと練習しなくては、体が重くてしかたありません。「あんた、そりゃ食い過ぎだって」と、わが身のこともかえりみず女房が言います。なんてことのない半日。記憶すべきは登り口で出会ったMさんのこと。元気で山を歩いておられるご様子。久しぶりにお会いできて嬉しかったです。

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ゆすら梅

6月1日:前庭のゆすらの木に実が生りました。昨年より数は少ないのですが粒が大きく、3分の2ほど収穫してジャムを作りました。きれいに洗って鍋に入れると宝石のように輝いていて、煮崩すのが惜しい気がしましたが、そうは言っておられません。弱火で炊いて種を除いてから女房に味を調えてもらい、少し冷まして瓶につめましたが、量はわずか。木に残った3分の1は、鳥と私たち家族の争奪戦になります。朝夕の芝生の水やりのたびに誰かがつまんでいくので、今年は我々の圧勝でした。ゆすら梅はそのまま食べても美味しいのです。来年も楽しみです。

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同行援護

大会檀上
大会檀上

5月29~31日:視覚に障がいのある人たちを山に案内したのが縁で同行援護の手伝いをするようになりました。今回は全国盲人福祉大会に出席するNさんにお供して岐阜へ。大会日程の最終日、長良川国際会議場には全国から1000人以上の出席があり、檀上には塩崎厚生大臣本人や地元の野田聖子代議士、古田県知事、細江市長等々が並びます。主催者側の日本盲人会連合の竹下会長は目が不自由ながら弁護士をされているそうですが、盲人で司法試験を突破した人がいるとは知りませんでした。私もこうした活動を通じて、目の不自由な人たちの世界に触れることができるのです。たとえ健常者であっても、見ようとしなければ決して見えないものって、世の中にはたくさんあるに違いない。そう思った3日間でした。

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シワガラの滝

洞窟の奥から見るシワガラの滝
洞窟の奥から見るシワガラの滝

5月26日:海上に住むOさんに案内していただいてシワガラの滝を訪ねました。落差10㍍ほどのこの滝は小又川にかかる最初の難関で20数年前に登って奥へと遡行したことがあります。でも当時あったボルトは今は抜け落ち、ここを登る術はなくなっています。今回はこの滝と牛ヶ峰山を行き来して修行したと伝えられる修験者の道を行きながら、村の娘と若い修行僧との淡い恋の物語を聞かせてもらいました。登る途中で、消防隊のヘリコプターによる救助訓練に遭遇するというハプニングがありましたが、それを見物した後、滝へ。奥に深く穿たれた洞窟があり、その右手から落ちる瀑水は若葉を映して緑色に輝いていました。岩盤は厚く苔むし、滝壺の縁にある小石の敷きつめられたわずかな岸辺に、読経する僧の姿があっても何の不思議もないように思えました。帰路に、ミズ、ワサビ、ギボシ、イラクサなどを摘み天ぷらにして楽しみました。野には野の、沢には沢の山菜の幸があるようです。

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長水山(584.8m)

五十波コースの登り
五十波コースの登り

5月23日:兄の山歩きのグループのお供で山崎の奥にある長水山を登りに行きました。この山は秀吉の播磨攻めの際に落とされた宇野氏の城跡があり歴史を秘めた山です。北側の五十波コースから登り、温泉のある生谷まで尾根を行くコースは車が複数あるからできる選択で、なかなか楽しめます。山頂には昼前に着き、早い昼飯。私には蛭が吸いつきましたが何も嬉しくない。8人もいるのに私だけに3匹も。私の血が美味しいに違いないと思ってもこれも嬉しくない。踏みつぶしておきましたが、噂にたがわず山蛭の多い山のようです。毒はないものの血は止まらず、4~5日はかゆみと吸い口の跡が残ります。止血はティッシュを小さく固くまるめてカットバンできつく押さえておく(圧迫止血というのですかね?)のがよいようです。生谷温泉に入ってお開きになりましたが、この山域は秋から春の寒い時期に出かけようと思った次第です。

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佐土の岩場

乾いた岩は楽しい
乾いた岩は楽しい

5月22日:岩登りの講習で久しぶりに佐土の岩場に行きました。石切り場跡のこの岩場には20代の頃よく通ったのですが、今はすっかり整備されていてベンチにテーブルまであります。木陰のこのベンチがなかなか居心地がよくてお茶を飲みながらザイルの結び方や岩登りの基本的なことを話しました。でも、岩は頭ではなく、体に覚えこませるものですから動作主体になります。危なくない岩裾で上り下り、トラバースを繰り返すのはたいくつなことですが、岩場で怖気ずにスタスタと歩けるようにならなければなりません。KさんとMさんは我慢強くつきあってくださったので、次にザイルワークと登攀のシステムを体験するために岩場を登りました。調子にのってかんざし岩も登り、最後にアップザイレン。剣の一般路を登るにはここまで必要ないのですが、岩登りの基礎が身につくと自ずから安全域は広がってきます。最後にお二人とも面白かったと言ってくださったのが嬉しい一日となりました。

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唐荷島

島がつながる
島がつながる

5月17・19日:16日から20日まで大潮でした。室津の大浦海岸からカヤックで漕ぎ出して唐荷島へ潮干狩りに行ってきました。17日は2人でしたが、19日は3艇6人で島にあがり、潮が干上がるまでビールを飲んだり食事をしたりして待ちました。この時間もなかなかいいものですね。今年はゴールデンウィークの間に大勢繰り出していたらしく、よく耕されていてアサリは小ぶりでした。ここ10年来、春の恒例の行事みたいになっているので、私たちもすっかり熟達し、この場所でのアサリ掘りのコツのようなものがようやく分かりかけてきました。百均の小バケツに一杯というノルマは果たしたのですが、19日に採った貝は動きがにぶく、持って帰った海水の中でも砂を吐いてくれませんでした。17日は潮を吹きまくっていたのに?こんなことは初めてで、ちょっと気になります。

 帰りはベタベタの夕凪の海をゆったりと漕ぎました。スキーを仕舞い、カヤックの季節が来たようです。

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平ヶ岳(2141m)

平ヶ岳山頂から滑る
平ヶ岳山頂から滑る

5月13日~14日:鳩待峠は明るくなってから出発しました。雪は少なく、尾瀬の山ノ鼻まで滑るという期待は見事にはずれ、スキーをかついで大半を歩きました。それでも尾瀬ケ原の端っこ辺りからスキー歩行。咲きはじめた水芭蕉や広がる雪原を眺めながら猫又川沿いに歩みを進めていきました。柳平を過ぎ、左俣から尾根にとりつき、県境の尾根を目指します。台風の去ったあとの青空の下、長い行程を急ぐ理由は何もありません。それでも白沢山に立ったときには、まだあれを登るのかと思うくらい遠くに平ヶ岳の頂がありました。こんなときは何も考えないことです。ひたすらスキーを運び、無心の内になだらかで広い頂に立つと、4日前に登った越後駒がはるか向こうからエールを送ってくれました。3時間近くかかった登りも滑るとわずか20分ほど。スキーの威力と快感は捨てられません。白沢岳の登り返しから再びシールを着けて帰り道を急ぎましたが、行動13時間で打切りツェルトを張りました。

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赤城山(黒檜山:1828m)

黒檜山への登りから大沼を望む
黒檜山への登りから大沼を望む

5月12日:台風が来ているというのにスキーをもって山を回っているのもおかしい気分です。今日は雨との予報。でも朝の間はもつだろうと赤城山へと車を走らせました。標高1350mの登山口から赤城山の最高峰黒檜山への標高差は480m足らずですから、昼飯前の一仕事で済むだろうという軽い気持ちでした。途中で下って来る若者に出会いましたが、彼はどうやら朝飯前の楽しみだったらしく、頂上でご来光をおがみ朝食をとってきたと話してくれました。私たちもしばらく急坂を頑張って頂上に着き、そこでくつろいだあと大ダルミを経て駒ヶ岳へと尾根歩き。おのこ駐車場へ下りてから赤城神社を見物するという周回コースを行きました。雨は夕方まで降らず、白沢の道の駅で早めの車中泊となりました。夜半から激しくなった雨も明け方には上がるらしく、今回の旅の最後の目的地、尾瀬が視界に入ってきました。

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苗場山(2145.3m)

神楽ヶ峰から
神楽ヶ峰から

5月11日:この日は巻機山に登るつもりで桜坂の駐車場で泊まりました。早朝に出発したのですが雪がありません。40分ほど行ったところであきらめ苗場山に転進することにしました。ところが5月いっぱい営業している「かぐらスキー場」を「苗場スキー場」と取り違え、閉鎖されているものと勘違いして関越自動車道を水上まで走ってしまったのです。誤りに気付いて引きかえし、かぐらスキー場に着いたのは9時前でした。遅い出発になりましたが、リフト終点から神楽ケ峰を経て苗場山を目指しました。女房は苗場山への標高差200mほどの登り返しを見てギブアップ。女房を残し12時30分まで行動すると決めて雪のない急尾根を登りました。山頂からの雪原へ飛び出すと丁度タイムアップ。頂上からの広々とした風景に満足して来た道を戻りました。神楽ヶ峰へと登り返し、後は滑降一本で春のザラメ雪を楽しみました。ヘマな段取りになってしまいましたが、修理したビンディングがしっかりと付いていてくれたことをありがたく思わなくては・・・・。

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修理

車中泊
車中泊

5月10日:前日、午後6時のゲート閉鎖時間に間にあわなかった私たちは銀山平でもう1泊。ここには白銀の湯という温泉もあり、さっぱりとした朝を迎えることができました。ゲートが開くのを待って長岡へ。問題は離れてしまったビンディングです。2軒のスキーメンテの店へ連絡したものの断られ、途方に暮れてしまいました。このままでは後の計画を捨てて帰るしかありません。とりあえずコインランドリーで洗濯。その間に補修を試みることにし、ホームセンターでショックドライバーとハンマー、ネジ、接着剤を購入し帰ろうとすると、向かいに「ヒマラヤ」がありました。ネジのサイズに不安があったので店に入り、無くなったビスと同サイズの物がないか尋ねました。親切な店の方が探してくれてこれで助かりました。感謝!大きくなった穴は割箸と接着剤で狭め、そこにビスをねじ込んだのでビンディングは再びしっかりと固定されました。修理完了!!これで一気に元気が出て次の目的地へ。

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越後駒ヶ岳(2002.7m)

雨の雪尾根
雨の雪尾根

5月9日:越後駒に登る日の天気予報はすっかりはずれて雨になりました。それでも朝の内は曇り空に薄日も差していたので出かけたのですが、小倉山を巻く頃から降りだした雨はいつしか本降りに。先行していた2人組は下山に転じ、もう一組のパーティは駒の小屋泊り。視界もきかず誰もいない山頂に着いたのは13時過ぎでした。シールをはずして靴をビンディングにはめ込もうとすると、土台がぐらぐらと動くではありませんか。恐る恐る見てみると、後ろの2本のビスがなく、前のビスだけでもっているのでした。テレマークでジャンプターンなんてすると、一発でとれてしまいそうです。負担をかけないようにシュテムで滑り、壁と呼ばれる2カ所の急斜面を何とか下りた先、小倉山への登り返しあたりでとうとうビンディングが土台ごととれてしまいました。まだ、下り行程の半分が残っています。自分もスキーをはずして、ツボ足で私につき合ってくれる女房をいい奴だなぁと見直す下山となりました。

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奥只見スキー場

ブナの新緑
ブナの新緑

5月8日:ゴールデンウィークのさ中に誕生日のある私は、いつも山にいて家でそれを祝ってもらったことがありませんでしたが、今年は嬉しい例外になりました。GWが明けて7日から遅ればせながら上越の山々をスキーで巡って雪のシーズンを閉じることにしました。一晩中車を走らせたので、午前6時の奥只見シルバーラインの開通時間には間に合ったのですが、さすがに眠くて予定していた越後駒はあきらめました。ダム工事用の隧道をそのまま一般供用したような粗削りな長いトンネル道を抜けて奥只見スキー場へ。ここは17日まで営業しています。8時頃になると、スキーヤーやボーダーが三々五々やって来だしたので、私たちも温泉付半日券3400円を買って滑りました。強い陽ざしで雪は湿って重く、ゲレンデのコースをひととおり滑るとさすがにくたびれて、ブナの林に逃げ込み休みました。芽吹いたばかりのブナの若葉を貫いて降りそそぐ春の陽光は生命の喜びにあふれているようでした。

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山菜採り

収穫(コゴミ・タラの芽・コシアブラ・ワラビ)
収穫(コゴミ・タラの芽・コシアブラ・ワラビ)

4月21日:恒例になりそうな春の山菜採りハイキング。今年は10人参加で神鍋の某所へ出かけてきました。昨年偶然見つけたコゴミの畑は搭が立ち始めていましたが、軟らかいところを摘んで収穫。タラの木林はW隊長が案内してくれ、十分に採れました。今年の課題はコシアブラの個体識別ですので、サンプルを持っていく念の入れよう。それでもこの一帯には見当たらず、下山途中でやっと見つけました。しっかり目に焼きつけたので、これからは大丈夫。

 ひととおり荷ができたら、山を下ってテンプラ宴会。しっかり食べて、しこたま飲んで、春のいい一日になりました。

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ブランク

雨の原爆ドーム
雨の原爆ドーム

4月18日:遠くから娘婿の母親と弟が訪ねてきてくれました。4月いっぱい滞在し、その初めの頃に広島を1泊2日で案内しました。安芸の宮島、原爆ドーム、呉の大和ミュージアムなどを巡りました。その後、神戸や淡路の花博などを案内し、娘夫婦は東京見物に出かけてきました。そういうわけで、何かと忙しくホームページもブログも手が回らず、「どこか外国でも行ったのだろうか?」とか「とうとう、あいつもくたばったか?」などといらぬ心配をおかけしました。どっこい生きていますので、ブランクの一ヶ月ほどを、今日に追いつくまで、これから毎日書いていくことにします。

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大正池グリーンパーク

大正池
大正池

4月11~12日:京都府の南、綴喜郡井手町にある野外活動センターであった「明日を語る会」に女房ともども参加させていただきました。頭に「〇〇君と」とでもあれば政治団体みたいになりますが、大阪のある山岳会のOBの集まりです。齢がいくと昔話や自慢や病気や孫のことくらいしか話さなくなりますが、そうではなく、まだまだ前を向いて明日への思いや計画を語ろうという意気軒昂な会です。昨年、各人がやってきた山や旅の報告をし、飲んで食って喋っていると、また何かやれそうな気分になってくるから不思議です。酒の勢いもありますが、集まられた方々の山歴や年齢、抱負など聞き、初対面の人とも親しく話ができるのは、同じ時代の同じ山を生きてきたからでしょうか。大正池の周りの木々は新芽を吹き、ツツジが彩りを添えていました。散る桜もありますが、老いてもまだ私たちの春は続きそうです。

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京の桜

真如堂三重の塔にかかる桜
真如堂三重の塔にかかる桜

3月30~31日:神戸に住む中国人のHさんを誘って京都のOさん宅を訪ねました。三木の自宅付近の桜はまだ蕾でしたが、鴨川沿いの桜は満開。平日にもかかわらず人出の方も満杯状態でした。吉田山の東側山腹の住まいに車を置かせてもらい、吉田山周辺を散歩しました。それから岡崎にあるもう一軒の家に行き、もてなしていただきました。食べて飲んで喋っての愉しい時間のあと、私は早々にダウンして白川夜船。翌日は、快晴の空の下、光明寺から前夜渡ったはずの白川を越えて哲学の道へ。ここもたくさんの人通りで、英語、中国語、韓国語の飛び交うにぎわいでした。

 「桜の樹の下には屍体が埋まってゐる」という梶井基次郎の言葉のとおり、青空の下のあの妖しいまでの美しさの説明はできないでしょう。京の街の趣きもその歴史を知れば、いっそう深まるものかと墓地に居並ぶ石塔を側らを歩きながら思ったものです。

 

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兵庫オートルート④

上山高原で
上山高原で

3月28日:扇ノ山の避難小屋は何度泊まっても気持ちの良い山小屋です。居心地の良さに今朝もゆっくりの出発となりました。朝の固い雪面はスキーがよく走ってくれます。大ズッコを越えるとあとは滑降一本。あっという間に山が遠ざかっていくのが惜しく、小ズッコでは鳥の声を聞きながらゆっくりと。上山高原では雪の下から現れたベンチに座り、わずかに残った焼酎に梅酒をあけてくつろいだのです。こんなによく晴れた日のこんな場所でのこんな時間は、3日間の苦闘の報酬のように思われました。雪の切れた林道でスキーをはずし、陽光降り注ぐ海上の村で、4日間約65㎞の兵庫オートルートの旅を終えました。

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兵庫オートルート③(扇ノ山1309.9m)

落日間近い青ヶ丸山頂
落日間近い青ヶ丸山頂

3月27日:性懲りもなく夜明けて出発。朝の雪面はカリカリに凍てついたアイスバーン。トタン板の上を滑るような音を立てて、甑岩の下を回りこみ標ノ越えへ。この先の赤倉山の迂回が難所。前は枝沢へ下りてしまい大きな時間ロスをしてしまいました。今回、慎重に下ったつもりがまた同じ場所へと誘われてしまったのです。ここはTさんの突破力で急な沢の詰めをトラバースし尾根へと戻ることができました。私も地図読みと現在地確認を入念にし、以後コースを誤ることはありませんでした。陣鉢山を左に見て、その分岐を過ぎると小陣鉢山。この先の痩せ尾根は2番目の難所ですが、雪がなくスキーを脱がされました。その先で氷ノ山を目指す単独の人に会いました。こんな山深い所で人に会うとは驚きでした。悪谷ノ頭を過ぎても青ヶ丸はまだ遥かに遠く、三ツ谷ノ頭の急登と複雑に張り出した雪庇が待っていました。切石を越えて夕闇の迫る中、畑ヶ平の雪原を行き、諸鹿峠へは午後6時半到着。今日は17㎞、扇ノ山山頂まで夜歩きとなってしまいました。

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兵庫オートルート②(氷ノ山1509.6m)

午後11時、氷ノ山頂上小屋
午後11時、氷ノ山頂上小屋

3月26日:今日は長丁場なので未明に出発する予定が寝すぎてしまい、明るくなって目が覚めるという不始末。結局7時半の歩きだしになってしまいました。三室山の北山腹を巻き、先を急ぎましたが、昨日の新雪がシールに張りつき下駄状態になってしまいました。特にTさんの方がひどく、登りも下りも難渋の極みとなり、行程がいっこうにはかどりません。おまけに、途中、私のうっかりで大ボウシの方の枝尾根に入りこんでしまい1時間のロス。引きかえす尾根のしんどいことと言ったらありませんでした。おまけがあって、Tさんのスキーがはずれて流れてしまいました。幸いすぐ下で止まってくれていたので時間ロスはたいしたことありませんでした。あれやこれやしながら、赤谷ノ頭を越え戸倉峠へ着いたのは午後6時。もう薄暗くなっていました。頂上小屋にはこの日、Tさんの会の人が上げてくれたビールが待っているのです。歩きました。それから4時間半。20㎞の行動の後の避難小屋でのビールが美味かったことは言うまでもありません。感謝。

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兵庫オートルート①(後山1344.6m)

後山を後に
後山を後に

3月25日:先々週、扇ノ山から後山を目指した兵庫オートルートは悪天候のため敗退。今回はその逆コースを選び、3日間の好天をねらって出かけました。こういうぜいたくな時間の使い方ができる(言い換えれば「暇な」)人間はそう多くはありません。同行の姫路岳友のTさんは、暇に加えて山とスキーの熟達者で、アルプスのオートルート、日本のオートルートを走破しています。オートルートというのはスキーの山岳ルートのことで、実は後山~扇ノ山の提案も彼によるものです。Tさんの奥様に送っていただき、上乢から後山、駒ノ尾山を経てちくさスキー場を滑り下りました。晴れのつもりが激しい降雪の中、峰越峠への除雪された車道を歩きました。三国境で岡山県境を離れ、天児屋山を越えて大通峠で1日目、およそ17㎞の行程を終えました。ツェルトを張って寝たのですが、夜半の冷え込みが厳しく、何もかもが凍りつくような夜でした。

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土筆

3月22日:我家の裏の空き地に土筆の林ができていました。土筆を「つくし」と読むのは難しいのですよね。でも土から生え出た筆とは、いい得て妙です。その筆先から胞子を飛ばし始めた物をさけて、女房と2人で摘みました。袴を取る作業がなかなか手間なものですが、午後の暖かな日差しの下、他愛もない話しをしながらそれをむしるのも楽しみです。収穫は写真のとおり。今夜は土筆の卵つりで一杯。ほのかな苦みが春を告げてくれました。

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妙見山(1135.5m)

妙見山頂を後に
妙見山頂を後に

3月17日:妙見山という名の山は各地にありますが、今回訪ねたのは、村岡町と関宮町との境にある但馬妙見山。Tさんからあった誘いは、椿色から妙見神社を経て行くのは長いので、この山へ最短で登られるコースを探らないかとのことでした。ループ橋を過ぎた先のトンネル入り口から東の谷へ入るのが最初の狙いでしたが、杉の倒木に阻まれて敗退。猿尾滝のある作山の谷へと車で転進しました。作山の村はずれ、除雪の終点からスキーで登り、2つ目の枝沢を右にとったのですがこれが大間違い。急な沢を大汗をかきながら登りつめて出た枝尾根で、ようやく誤りに気がついたのです。でも、結果としてこのコースは妙見山への最短になっていましたから、当初の目的は達成できたと言っておきましょう。正午に山頂に着いて、帰りは妙見峠へと尾根をたどり、そこから昨山へと滑りました。良く晴れ渡ったうららかな春の雪山歩きでした。

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焼額山(2009m)

小丸山からの下り
小丸山からの下り

3月14~15日:1月の高鷲に引き続き、志賀高原への病院スキーに参加させていただきました。初日は女房と2人で焼額山から竜王越えという古くからあるスキーツァーコースを行きました。昨晩降った30センチほどの新雪でトレースは消えていて軽いパウダーを滑りました。なだらかな鞍部からシールを着けて登り、竜王スノーパークに入ってパトロールに届けを出してからゲレンデを出ます。途中の「蟻の戸渡り」という痩せ尾根も難なく越えて小丸山へ。やや重くなった雪の尾根を滑り、小丸山スキー場を横切り林道を歩いて再び竜王スノーパークへ戻ります。リフトとロープウェイを乗り継いでから焼額スキー場へと往路を戻りました。1日で往復できる手軽ないいコースですね。

 翌日は、最高の青空の下、広い志賀高原のスキー場を案内してもらい、ゲレンデを滑って回りました。半日ではもったいなく、もう一度ゆっくりと訪ねてみたいエリアです。

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扇ノ山(1309.9m)

敗退
敗退

3月8~10日:兵庫オートルート(扇ノ山から後山までの県境尾根)をスキーで行く計画で青下から入山。低気圧の接近と冬型の悪天候を見越して、日暮れまで歩いて扇ノ山頂上の避難小屋に入りました。9日の午前中はまだ崩れてなかったので行動できたのに、この半日のチャンスを逃してしまったのが残念です。その日の午後から荒れ模様になり、10日の朝には積雪は60㌢ほど、視界は20~30㍍で風もありました。もう1日ここに沈殿すれば、全行程は無理になるので撤退を決め往路を戻ることにしました。何度も通ったコースなのですが、視界が悪くてトレースも消えており、GPSを頼りに大ズッコから小ズッコへの広い尾根や、上山高原の複雑な枝尾根や小沢をクリアして、青下の村へ下る急斜面を滑りました。この最後のわずかな部分だけパウダーが楽しめたものの、悪天下で久しぶりに山屋らしいスキーとなりました。

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氷ノ山

大倉谷(めったに自分の滑っている写真がないのでM君の写真をお借りしました)
大倉谷(めったに自分の滑っている写真がないのでM君の写真をお借りしました)

2月28日:先週に引き続き氷ノ山へ入りました。メンバーはW隊長にM君、それにはるばる石川県から片道500Km車を飛ばしてきたHさん。この3人はアルペンで、毎日放送のNさんと友人のAさんはボード、私はテレマークという異業種交流になりました。実はショートスキーの娘夫婦と女房もいたのですが、足手まといになってはとわかさ氷ノ山のスキー場に残してきました。コースは三ノ丸からワサビ谷の頭へ。そこから横行谷の源流に滑りこんだあと稜線に戻り、大倉谷を滑りました。いずれも前日まで降雪でパウダーを楽しめました。大倉谷は新雪の下に隠れたでこぼこの固雪に足をとられたものの悪くはなかったです。滑りながら出す歓声、奇声が谷間に飛び交いました。8時過ぎに出発し、途中で中食とお茶の時間をとっても正午にスキー場に戻ってこられたのは、みんなの足前の良さと天気のおかげでしょう。

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三ノ丸(1464m)

三ノ丸から県境尾根への広い斜面
三ノ丸から県境尾根への広い斜面

2月21日:わかさ氷ノ山スキー場から三ノ丸へ登って、県境尾根を戸倉峠へと下りました。今日はMさんのテレマークでの山デビューなので、できるだけ歩きの多いコースをと思ったのですが、早めに林道へ下りてしまい、けっこうしんどい思いをさせたのではないかと反省しています。反対に2人のNさんには物足りなかったかも。それでもすばらしい天気で、東山、沖ノ山、遠く大山までもはっきりと見えました。こんな日に山にいられたら、それだけで満足な私にはいい一日でした。車は三ノ丸の頂上で別れ、Nさん(今日はイニシャルがNの人が3人いた)とワサビ谷を滑ったTさんが戸倉トンネルの入り口まで回してくれました。みなさんお疲れさまでした。また行きましょう。

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シビレ山

2月19日:朝の晴れ間にだまされて、つい出かけてしまいました。行先は裏六甲にあたるシビレ山。登山口に車を置いて歩きはじめると、ちょうどいい太さのアケビ蔓が目に入りました。これを見逃す手はないと思い早速採取。日当たりのいい場所で籠を編みました。女房が先生で私がアシスタントをして2つ完成したものの日が陰ってきて寒くなり、小さな雨も。山頂をあきらめて帰りだすと、また陽ざしが差してきました。出ると曇る、帰ると照る。気まぐれな天気にもて遊ばれた1日でした。

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新春囲碁大会

2月14日:役所時代に入っていた囲碁クラブ恒例の大会があり、OBで参加させてもらいました。4~5年は碁石を握っていなかったので、白星のプレゼンターになるだろうと思っていたのですが優勝してしまいました。で、自慢げに書いていますが、惨敗していたらきっと知らんふりだったでしょう。

 久しぶりに盤に向かうと、夢中になって力が入ってしまいました。こんなに集中して没頭できたのは、長い間、碁が打ちたい、碁が打ちたいと渇望していたからでしょう。久々に懐かしい人たちとも出会い、いい時間を過ごさせてもらいました。また、棋譜など見ながら石を並べてみようかと思うのですが、こんなことをすると、きっと来年は勝てないでしょう。「定石を覚えて2目弱くなり」ってことになるのかも。

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白髪岳(721.8m)

落ち葉と雪の道
落ち葉と雪の道

2月10日:Mさんの地図読みの講習を兼ねて白髪岳を登ってきました。よく整備された住山からのコースだと何の練習にもなりませんので、四斗谷からトンガリ山を経て尾根を歩くコースをとりました。地形図には道を表す破線はありませんが、歩く人もいるのでしょう、けっこういい道でした。山歩きに特化した地図の読み方をいろいろ講釈しながら行ったのですが、白髪岳から南の尾根を下り、住山への一般路から離れた先でとうとう道を失いました。「尾根は下りでまちがえる。」のセオリーを実証したりしていてはダメですよね。今回、GPSだけは使いたくなかったのですが、その助けを借りて進路修正。無事に四斗谷の車へと帰りました。落ち葉の上に淡い雪が重なった山道、霜柱を踏む感触が忘れていた里山の冬を思い出させてくれました。

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戸倉スキー場

どっちに滑るのか?
どっちに滑るのか?

2月7日:息子夫婦が帰ってきたので、みんなで戸倉にスキーへ行きました。息子はボード、嫁と娘はショートスキー、私たち夫婦はテレマーク。交替で滑りながらキッズランドで孫の面倒をみました。雪嫌いにさせないように乳母日傘の扱いでしたが、写真のように私の板の上に乗って、才能の片鱗をみせてくれます。午前中だけ滑って、帰りに波賀の道の駅へ笹うどんを食べに寄ると、氷ノ山帰りのW隊長のお二人に会いました。「ここは羊蹄山か」と思うくらいの軽いパウダーだったそうで、ちょっとうらやましくもありましたが、それぞれにいい半日になったようです。

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北海道パウダースキー(羊蹄山)

デルタ上部
デルタ上部

2月3日:滞在中は天気が悪いとの予報でしたので、羊蹄山は計画からはずしていました。ところが、偶然Mさんの知人のTさんと会うことになり、彼の案内で真狩のコースを登ることに。自然の家から標高1250㍍まで登ると、羊蹄山の東西の脇を雲が流れていくのが見えました。その雲の下は吹雪模様なのですが、南面に向かって山を背にしている我々の所は日が差し、風もないのです。日向ぼっこ気分でシールをはずし、デルタから墓地の沢へと滑りました。上部はウィンドパックされていて少し滑りにくかったのですが、途中から春のような雪に変わると、楽しくなりました。パウダーばかりでなく、こんな雪も私は好きなのです。最後はボブスレーのようにスキーの溝を追って真狩の町はずれに出ました。Tさんが回しておいてくれた車で登山口まで運んでくれ、Eさん宅へお借りした車を返しに行きました。いろんな人にお世話になり、新しい人とも出会えたいい旅になりました。

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北海道パウダースキー(ニセコ)

ゲレンデサイドを滑るTさん
ゲレンデサイドを滑るTさん

2月2日:この日はニセコアンヌプリで、Tさんと合流。Tさんとは利尻島、四万十川と妙な縁で知りあい、今回ここでまた会うことになりました。1シーズンに4~5回、ニセコに来ているということで案内していただきました。ゴンドラを下りると、すぐにゲレンデサイドへ。「いきなりか!」という声を尻目に、Tさんは新雪の中を落ちて行きます。さすがに上手く、残された4人は早々に追うのをあきらめ、めいめいの滑りでTさんの待っている所へとついていきます。何本か滑るとに雪面も荒れてきたので昼食。ここに来ていた知人のKさんたち3人に電話をし、午後からしばらくゲレンデでいっしょに滑りました。やはり、ノートラックのパウダー斜面が一番楽しく、南半球からわざわざ出かけてくる連中の気持ちもわかりますね。それにしても外国人の多いこと。

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北海道パウダースキー(ルスツ)

羊蹄山が見えた
羊蹄山が見えた

2月1日:今年のテントレックの第1はニセコパウダースキーでしたが、アンヌプリの宿をベースに3日の間にあちこちしたので北海道パウダースキーに名称変更。初日は同行のMさんの友人Eさん一家に案内していただきルスツへ。ルスツはタワーの2本立つ高級リゾートのイメージ、行ってみたかったスキー場です。あいにく吹雪模様で足元も見えないほどで,

ゴーグルは曇るし、雪つぶては冷たいしで難儀でした。こんな状況にも慣れているのか、いっしょに行った子供たちはどんどん飛ばします。午後、同行のKさんは早々にリタイアしティータイムに。私も視界が悪くてもようやく足裏感覚で滑られるようになって、パウダーが楽しめました。それに一瞬でしたが、雲の切れ間に羊蹄山が見えたのが嬉しかったです。

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大日岳(1709m)

叺谷へ滑りこむ
叺谷へ滑りこむ

1月25日:四万十川でご一緒させていただいたドクターの病院スキーバスに参加させていただき奥美濃へ。24日は鷲ヶ岳スキー場。ドクター先頭で休憩なしの高速滑降。なるほどスキーはこう滑るものかと息を切らせながらついていきました。みんな上手く、後でこの中に80歳の方がいたと聞いてびっくりしました。めったに泊まれない温泉付きの気持ちの良いホテルに泊まり、翌日は高鷲スキー場へ。ゲレンデグループと分かれ3人で大日岳へ登ってきました。10時に出発し、12時までにはバスへ帰るという時間制約の中、40分で頂上まで登り、御嶽山から剣岳までの北アルプスの峰々、白山の雄姿を眺めたあと叺谷へと滑りこみました。固いバーンの上に10センチほどの新雪が積もるまずまずのコンディション。谷底に着くと標高1450㍍辺りから徐々に標高を下げながら山腹をトラバースしスキー場へと戻りました。ゲレンデと山、両方を満喫できたとても楽しい2日間でした。

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扇ノ山(1309.9m)

霧の中の頂上小屋
霧の中の頂上小屋

1月16日:いろりの家を未明に出て登山口の姫路へ。雪が深いと扇ノ山は2日の行程になりますが、昨日の雨で雪は春のようにしまっていました。荷物を軽くして、長い林道を4人で交代しながらラッセルして進み、1116㍍のコブから派生する枝尾根を登って正午には頂上へ。頂上小屋の1階は雪でふさがれていたので鉄梯子を登って2階から入りました。物を置かないせいか、この小屋はいつまでもきれいですね。昼食をすませてから、アップダウンのある尾根はシールをつけたまま下り、1116㍍でシール脱。登ってきた枝尾根の西側の谷へと滑りこみました。雪は重く、快適とは言えませんでしたが、それでも登りに比べて何とらくで、楽しいことでしょう。たいした障壁もなく林道へ。あとは登りのトレースを漕ぎ滑って姫路へともどりました。人が少なくて、スキーでの逍遥が楽しめる扇ノ山は私の大好きな山の一つなのです。

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いろりの家

1月15日:扇ノ山へ1泊の予定で出かけたのですが、あいにくの雨。雨の中を歩く気になどなれず、河原の道の駅で宿を探して見つけたのが、智頭町の「いろりの家」でした。今朝の今日の申し込みも気持ちよく受けてくだったので、地酒「諏訪泉」と地豆腐を買いこみさっそく投宿。村中の築後100年の古民家。管理人の方の説明を聞いて、昼間からの鍋宴会になりました。食べて飲んで寝て、また飲んで、正月の再来でした。囲炉裏は薪でしたから煙がすごく、全身燻されてしまい、これで悪い虫もいなくるはずです。外はずっと雨と雪でしたが、思いがけないいい一日になりました。

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氷ノ山(1509m)

ネジレ谷源頭
ネジレ谷源頭

1月10日:M君の誘いで氷ノ山へ。私のわがままを聞いてもらってネジレ谷を滑ることにしました。登路に選んだ流れ尾は久しぶりですがスキー場のリフトが標高940㍍まで運んでくれます。最上端にあったリフトは今は閉鎖されて、ゲレンデ跡を登らなければなりません。その上の枝尾根から流れ尾へ出る所の雪庇も昔ながらに健在で、スキーをはいたままだとちょっと苦労です。さらにその上では前を行くM君の足元に雪庇の亀裂が走ってひやりとさせられたり、思いのほかの苦闘。それでも正午前には頂上小屋に入りました。連休の割に人は少なく1パーティが休んでいるだけでした。ネジレ谷は源頭部こそパウダー様だったのですが、次第に重くなり、滑りにくくなりました。標高1000㍍辺りまで下りた所から登り気味にトラバースして流れ尾に戻りました。滑降自体は期待ほどではなかったものの面白いコースで、これで氷ノ山で滑ってみたかったコースは全部終わったことになります。

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